私以外が止まって

 理解が、追い付きませんでした。

 女の子が知らない人に掴まれていると思ったらいつの間にか近くに居たり、突然大きな音がしたり。

 それに今見えている景色。

 遠くに見える不気味なものも空に浮かんだ建物も、セーシュさんもルフスさんも見知らぬ綺麗な人も、何もかもが動かないのです。

 この奇妙な止まった世界で、私だけが何も出来ないのに動いています。


「安心してください、今起きている現象は私のせいです」


 女の子の声が耳元で囁かれるように聞こえてきて、少しだけ驚きました。

 いつものようにいつの間にか隣にいた女の子は、なんだか少しだけ機嫌が良さそうに見えます。

 目を細めて笑う女の子の顔を間近で見て、頬が熱くなりました。


「あ、え!?あの、えっと……あなたのせいってどういう事なの?」


 私は慌てて変な声を上げてしまって、女の子に笑われてしまいました。

 熱さが耳元まで上がってくるのを感じます。


「あなたと私以外の全てを私が止めています、そういう事ですよ」


 何てこと無いように女の子は答えました。

 私を見据える真っ黒な目に、星のような光が幾つも灯っています。

 まるで心の底まで見透かされるような感じがします。

 あんなに熱かった顔が冷めていって、頭の中がすっきりと澄み渡ったような気がしました。


「さて、すでに見えていますが、あれはこの町を更地にできる魔物です」


 指で示された先に見えるのは不気味な桃色の魔物。

 遠くに居るはずなのにとても大きく見えて、今にも動き出しそうで怖いです。


「あれ、どうします」


 女の子の方に視線を返すと、そんなことを聞かれました。

 私を真っすぐに見つめる目の奥には、一際大きな光が一つだけ灯っています。

 どうするかなんて聞かれても、私にはどうするべきか分かりません。


「どのようにでも選んでください、あなたが望むなら私はどのようにでもやりますから」


 女の子の瞳から目を離すことができません、逃げることもできません。

 私はこれを選ばないといけないみたいです。


「……ねぇ、どうして私なの?」


 私の口からはそんな疑問が漏れ出てしまいました。

 そのせいか、頭の中で聞きたいことが沸々と湧きだしてきます。

 どうせ時間は止まったまま、今のうちに聞きたいことを聞いてしまおう。

 きっとこの子は私の聞きたいこと全てに答えられるだろうから。

 しっかりと体に力を入れて、彼女を見据えて答えを待つ。


「しいて理由を作るならば趣味です」


 力が抜けそうなくらいに簡単に答える女の子。

 でも、この子の言葉が嘘ではないのは理解できます。


「私はあなたの末路を眺めてつまらないと感じました、これを私の思う面白いものにするのが私の趣味です」


 話しながら女の子は少しずつ私との距離を縮めてくる。

 足を少しも動かさないようにして、地面を滑るように動いています。


「私の末路って……」


 頭をよぎったのは夢の中の出来事。

 私とは思えない姿になった私。

 思い出してしまった瞬間に背中をぞわりと寒気が走って、心臓が強く脈打ちます。


「やっぱりあれは……私だったんだ」


 お腹の中身全部を吐き出しそうになる。

 怖さが頭の中を埋め尽くそうと膨れ上がる。


「いいえ、あなたはあれにはなりません」


 俯きそうになった私の頭を、女の子がしっかりと両手で掴んで押さえました。

 ぐるぐると視界が回る、頭の中に重たい石を詰められて振り回されているような気分だ。

 女の子が私を見つめてくる、その瞳を見つめていると頭の中が軽くなるような感じがします。


「あれは夢だと私は言いました、あなたはあれがあなたであると知っているけれど、あなたはもうあれにはなれません」


 女の子の言葉が耳を通り抜けて、聞こえているはずなのに内容が頭に残りません。

 心地良い浮遊感と風の抜けた後のような清涼感が私の中を満たしています。

 奇妙なことに、何も気にならなくなる。


「……私、うん、もう大丈夫」


 感情が私から遠く離れた場所にあるような感覚で、頭の中がすっきりと空になる。


「では、何をしましょうか」


 頭に直接女の子の声が入ってくる。

 空っぽの頭の中で響く声が心地良い。


「……この町が、あなたの知っている流れだとどうなる筈だったのか知りたいな」


 今の私だったら聞いても何も思わない。

 好奇心のままに知りたいことを聞くことができる。

 こんなことをしている場合じゃないのは分かっている、ただの私の我儘だ。

 だけど、時間ならいくらでもあるのだから。


「えぇ、もちろんいいですよ」


 女の子もどこか嬉しそうな顔で笑っている。

 やっぱり好きだな、この子の笑顔。


「本来ならセーシュさんはあなたの村を燃やし、炎に焼かれて死んでいましたからここには居ない筈でした」


 背後に立って動かずに居るセーシュさんを指し示しながら、女の子が話す。

 私もそうだろうなと感じていたけど、やっぱりそうなんだ。


「もちろんあなたは騎士団に保護されて聖地へ連れていかれましたし、私も干渉はしませんでした」


 女の子がお芝居をするかのように大きな身振り手振りを交えて話し続ける。

 こんな状況でなければもうちょっとその動きを見ていたい。


「さて、そうなるとこの事態はもちろん予期されていないものでしたから、当然大混乱が起こりました」


「それを何とかしようと粉骨砕身したのがこちらの聖剣の担い手、チハリさんです」


 見知らぬ綺麗な人を指差す女の子。

 心なしか声が少しつまらなそうに聞こえる。

 名前が分かったと同時に、その役職に少しだけ気圧された。

 聖剣の担い手なんてとんでもない有名人だもの。


「文字通り上半身の右側と下半身を潰されて尚魔物の討伐に成功しました、あぁすごい拍手拍手」


 ゆっくり、二回だけ拍手をして、女の子はチハリさんからルフスさんへと視線を移す。


「聖剣の担い手の死、その事実は瞬く間に人々の間を駆け抜けて、不安と恐怖を育てました」


 それもそうだろう、私だって驚く。

 担い手は騎士団でも特に優秀な人が選ばれるって聞いたことがある。

 それに聖剣は魔法みたいなすごい力が使えるらしい。

 そんな凄い人が死んでしまうとは、あの魔物を見ていても思えない。


「ある少年は誰かを助けられるようにと力を求めて、怪しい宗教団体【四つ柱】なんてものに唆されました」


 じぃっとルフスさんを見つめながら少し馬鹿にしたような声でそう話す女の子。

 多分、ある少年ってルフスさんのことなんだろうな。


「四つ柱……って聞いたことないけど、どういう人たちなの?」


 そう質問すると、女の子は魔物を指差した。


「あれを呼び出した人たちですよ、あなたの村に預言を伝えて遂行しようとした団体でもありますね」


 それを聞いて一瞬、考えが纏まらなくなる。

 次に怒りが湧いてきて、許せないと感じて、遠くにあった感情が近くに寄ってきた感じがしました。


「さて、どうしましょう」


 女の子が笑顔で私の前に立っています。

 今の私にそんなことを聞くなんてちょっと酷いと思いました。

 どうしましょうと聞かれても、いい方法なんてまったく思い付きません。


「うぅん……誰にも死んで欲しくないし、こんなことをする人たちにはちゃんと反省してほしいし……どうしたらいいかな?」


「あら、私も考えて良いのですか」


 女の子に聞くとそんなわざとらしい返事をされます。


「うん、私のために考えてほしいな」


 そんな事を思わず口走って、とんでもないことを言ってしまったと気付いて口を手で覆います。

 なんだかどんどん我儘になっている気がします。


「ではそうですね、私なら……」


 私の発言を気にも留めていない様子の女の子を見て、少しだけ安心しました。

 女の子が掌を空に向けると、町の色んな所から光の柱が空に向かって伸びてきます。


「転送の楔の位置を分かりやすく示してみました、チハリさんなら一瞬で片付けられますね」


「そうするとどうなるの?」


 そう聞いてみると女の子は指を一本立てました。


「今見えているあれはあなた達で言えば指の一本でしかありません、転送できなくなれば本体から分断されます」


 ぱっと女の子の指が千切れて、地面に落ちました。

 驚いたけれどもすぐに新しい指が生えてきます。


「囮はまぁ……セーシュさんでいいでしょう、町に被害が行かないように気を引いてもらいます」


 セーシュさんの背中をぺちぺちと叩きながら、女の子が投げやりな雰囲気でそう話します。

 なんだか扱いが雑になっているような気がします。


「それとルフスさんとあなたには町の人の避難をお願いしたいですね、少し耳を貸してくれますか」


 女の子がそう言って私に近づいてきます。

 少しドキドキしちゃいますが、なんか変な感じがしました。


「えっ、あの……そのまま言えばいいんじゃないかな?だって……」


「あら、今までの私たちの会話は他の三人にも勿論聞こえてますよ」


 あ、そうだったんだ。

 変な会話をしなくてよかった、と奇妙な緊張と安心が私にのしかかってきました。


「それでお話なのですが……」


 耳元で女の子の声がして少しくすぐったくなります。

 でも、話を聞いて浮ついた考えが一気に消え去りました。


「うん……それは、私が頑張らないとね」


 頬を叩いて気合を入れます。


「では皆さん、頑張ってくださいね」


 女の子の一言の後、無音の世界に音が帰ってきました。

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