私の明晰夢

 目の前の女の子が、ここは私の見ている夢の中だと教えてくれました。

 退屈そうに地面を蹴って、その度にミシミシと何かが壊れる音が辺りに響き渡ります。


「以前にもこういった夢を見ていましたね」


 そう問いかけられて、私はこくりと頷きました。

 女の子の後ろにはボロボロにされて、鎖につながれて四肢をもがれて、なお生きている私が呼吸をしています。

 傍から見ているはずなのにそれが私だと直感で理解できます。

 心臓がどくんと大きく脈打ちました。


「これはあなたが至るはずだった景色です、既に存在しない未来の光景ですよ」


 ふぅ、と女の子が小さく息を吐きました。

 ただそれだけで私と女の子以外の景色が全て無くなったのです。

 足元に何もないのにしっかりと何かを踏みしめている感覚だけがあります。


「吹けば飛んでいく埃のような残滓、せめてもっと強固には出来なかったのでしょうか」


 誰かに問い掛けるように、つまらなそうな声で女の子が呟きます。

 私を見つめる瞳の中に、星のような明かりが一つも見当たりません。


「何をしたの?」


 私がそう尋ねると、女の子はそっぽを向きました。

 返事の代わりに何もない景色の中から土と草がせりあがってきます。

 続いて空が上から染み出てきて、そこに雲や太陽が浮かび上がりました。


「何なの、これ……」


 夢の中なのに意識がはっきりしていて、それでいて変なことが次々と起こって、怖くなりました。

 女の子が私の方へと向き直りました。

 暗くて冷たい瞳の中に私が居ます。


「来るはずの無い未来をあなたに夢として見せることで、存在を残そうとしたのですね」


 なんだか足に力が入らなくなって、後ろに倒れました。

 ふんわりとした何かに受け止められて痛みは全く感じません。

 青い空がどこまでも広がっています。


「まぁ、いくら抵抗しようと無駄なのです、やれることはすべてやってみるのは結構ですよ、踏み潰しますから」


 女の子が私の隣に座り込んで、優しく頭を撫でてくれました。

 私ではない誰かに話しかけている声を聴きながら、夢の中なのに微睡みます。


「そのままで良いので聞いてくださいね」


 重たくなった瞼を閉じると、女の子がそんなことを言いました。

 声を出さずに少しだけ首を動かして答えます。


「私が介入した時点であらゆる運命は手のひらの上になりました」


 女の子の声が少しだけ優しくなったように聞こえます。

 頬を風が撫でる感覚が、妙に心地良いです。


「その上であなたに問います、どのようなお話が好みでしょう」


 きっと私に聞いているのでしょう。

 女の子の声が途切れて、葉っぱの擦れる音だけが聞こえてきます。

 ふわふわとした頭の中でぼんやりと考えを浮かべました。

 私の好きな物語は決まっています。


「皆が楽しくて平和に過ごすのが、好きかなぁ……」


 寝ぼけて舌足らずな口で、そんなことを呟きました。

 女の子が少しだけ笑っているのが聞こえます。


「えぇ、承知しました」


 そう言うと、女の子が離れていく感覚がしました。

 目を開けたくてもとても眠たくて、瞼が鉛のように重たいのです。

 意識が深く深く沈んでいきます。


「……あれ?」


 次に目を開けた時、まだ夢の中だという感覚がありました。

 ぐっすりと眠ったと思っていたのに、まだ目を覚ます気配がありません。

 その場に座り込んで周りを見渡しました。

 周りには先ほどまでと同じ、女の子の作った草原の風景が広がっています。


「目が覚めた?」


 違うところと言えば、知らない女の人が居ることでしょうか。

 長い銀色の髪のその人は私を見て優しく微笑んでいます。

 その人の問いかけを首を振って否定します。


「そっか、あ、そうだよね……へへ」


 その人は恥ずかしそうにそう笑うと、私の隣に座りました。


「あなたは、誰なんですか?」


 私がそう聞くと、女の人は私を見つめていた目を泳がせます。


「んーっと、それは、ね……」


 言い淀む女の人は少しだけ恥ずかしそうで少しだけ悲しそうな、そんな表情になっていました。

 なんだか他人とは思えません。


「言えないのなら、無理に言わなくても大丈夫ですよ」


 そう言うと女の人はまた笑いました。


「あはは、なんだかあなたの方が大人っぽいね」


 そう言われて少しだけ面白くなって、女の人と二人で一緒に笑っていました。

 二人して笑い疲れた後に、ようやくお話ができました。


「私はね、あの女の子に助けられた感じの人かな……ちょっとだけあなたとお話ししたかったんだ」


 女の人にそう言われて、もちろん私は頷きました。

 初めて会ったはずなのにこの女の人とは楽しく話せるような、そんな予感がします。

 家族の事、村での生活の事、そんな他愛の無い事をお話ししました。


「それでね、セーシュさんも色んな事を知ってて、とっても頼りになるんですよ!」


 お話中に楽しくなって、セーシュさんの話題を出した時に、突然会話が止まりました。

 一瞬だけ女の人の顔が怖くなって、すぐに俯いてしまいました。

 何か悪い事でもしたのかと、胸がドキドキします。


「大丈夫ですか?何かありましたか?」


「ごめんね、大丈夫……」


 不安になってそう聞くと、先ほどまでと変わらない声色で、俯いたままの女の人が答えます。

 何も話せなくて、静まり返った時間が過ぎていきます。

 少しして、突然女の人が立ち上がります。


「そろそろ戻らなきゃ、お話しできて楽しかった」


 そう言って、女の人は振り返らずにどこかへと歩いていきます。

 私は声もかけられずにその背中を見送るしかありませんでした。

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