私の一休み

 夕日が山に沈みそうな時間になって、私達は建物がいくつかある場所までやってきました。

 セーシュさんに聞いたら、ここは宿場町と言うのだそうです。


「わぁ……!」


 今まで村を出たことが無い私には道行く人や建物の形など、全部が新鮮に見えました。

 馬も人も沢山いて、賑やかな声が鳴りやみません。

 ワクワクしすぎて胸が弾けてしまいそうです。


「あんまりふらふらするなよ、いなくなったら見つけられないから」


 周りを見渡していると、セーシュさんからそんな風に注意されてしまいました。

 見てみると確かにセーシュさんとは距離が離れて、見失ってしまいそうです。


「あはは……ごめんなさい」


 そう答えてセーシュさんの元まで早足で近づきます。

 はぐれてしまわないように服の端を握りました。

 周りの建物から美味しそうな匂いがたくさん漂ってきて、思わずお腹が鳴りました。

 恥ずかしくて少しだけ顔に熱が灯ります。

 セーシュさんの方を向くと、私のお腹の音に気づいていないようで少しホッとしました。

 そして胸を撫で下ろして前を向いたとき、あの女の子が急に目の前に立っていたのです。


「うわぁっ!?」


 驚いて上ずった声が喉から飛び出しました。

 掴んでいたセーシュさんの服も引っ張ってしまって、二人して転びそうになってしまったのです。


「あら、大丈夫ですか」


 女の子に腕を掴まれて、私はなんとか転ぶ寸前で止まります。

 けれどセーシュさんは思いっきり地面に叩きつけられてしまいました。


「あーあ」


 その姿を見た女の子が、顔色一つ変えずにそう呟きます。


「あ、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」


 私がセーシュさんを起こそうと近寄ると、セーシュさんは大丈夫と言って自力で起き上がりました。

 少しと言うか、かなり呆れているような雰囲気です。


「なぁ、人を驚かすような現れ方しかできないのか」


 セーシュさんがそう詰め寄ると、女の子はくすくすと笑いました。


「いいえ、人を驚かすような現れ方をしたかっただけですもの」


 女の子の返答にセーシュさんが溜息をつきます。

 そしてセーシュさんは私の方へと向きました。


「怪我はないか?すまん、さっきからこいつに話しかけられてたんだが……その感じだとお前には聞こえてなかったんだな」


「え?話しかけられてたんですか?」


 思わず聞き返してしまいました。

 だって何も聞こえていませんでした。

 もしかしたら、浮かれていたから聞こえなかっただけかもしれません。


「まぁ、その、なんだ……なんであれお前は悪くない、あいつが全部悪い」


 変な顔で固まっていた私を気にしてくれたのか、セーシュさんは女の子を指差しながらそう言ってくれました。


「えぇ、その通りです、私が悪いのですよ」


 その言葉に乗っかるように、女の子が悪そうな顔をしてそう言います。

 なんだかおかしくて、笑ってしまいました。


「悪いことをしたのでお詫びをしましょう、宿を取ってありますから案内しますね」


 そう言うと、女の子はくすくすと笑いながら私たちの前を先導するように歩き始めました。

 向かう先には周りの建物よりも一際大きな建物です。

 扉を開ける前から、人の話し声や騒ぎ声が聞こえてきました。


「うぉ……随分人が多いな」


 セーシュさんが顔を隠しながらそう呟きました。


「人気のある宿ですしお祭りのある時期ですもの、では荷物を置きにお部屋まで行きましょうか」


 人々が行き交う室内を、女の子はすいすいと進んでいきます。

 けれど私は、セーシュさんに手を繋がれたまま着いていくので精一杯です。

 周りから美味しそうな匂いと、むせかえるようなお酒の匂いが漂ってきます。

 大きな階段の横、受付で声を掛けられました。


「おや?さっきのお嬢さん、お連れ様は見つかりましたか?」


 どうやら女の子に話しかけていたようです。

 女の子がとても優しそうな笑顔に変わりました。


「はい、後ろの二人ですよ、お代は足りていますよね」


 私達を指し示してそう言いました。

 店員さんの眼が、私達を見据えます。


「もちろん!多すぎるくらいですよ」


 女の子に負けないくらいの笑顔を作った店員さんに通されて、私達は階段を上がりました。

 これもまた驚きだったのですが、踏みしめても軋む音すらしない石造りの階段です。

 そして辿り着いた部屋は広々とした中にベッドが二つ、机と椅子と敷物まで置いてある部屋でした。


「……!」


 なんだかとても楽しすぎて、声にならなくて、腕を振って喜びを表現することしかできませんでした。

 見たことが無い物が多すぎて、頭に入りきらないんじゃないかと思ったほどです。

 体を洗うための大きな桶も石造りの部屋の中にあるのです。

 セーシュさんですら目を丸くしていましたから、きっとすごい部屋なのでしょう。


「喜んでいただけたようですね」


 ニコニコと笑っている女の子が、少し得意げにそう言いました。


「荷物を置いて少し休んだら、下で何か食べましょうか」


 その言葉に、私は勢いよく首を縦に振って答えました。

 私の好奇心は既に部屋の中を見て回りたい欲求で埋まっていました。

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