私の旅行

 日の出前に目が覚めてしまいました。

 ワクワクしていて昨日も遅くまで起きてしまっていたのに、全然眠くありません。

 お父さんたちを起こさないように、あまり音を立てないようにしながら、昨日準備した服に着替えます。

 動きやすい服、貰った手袋と靴、荷物を入れた袋を背負って外套を羽織って。

 なんだか旅人になったような気分で、それがワクワクをもっと引き立てました。

 部屋の外から料理の匂いがして、不思議に思って出てみると、お母さんがもう起きていました。


「おはよう、似合ってるじゃないの」


 私が起きてきたことに気付くと、お母さんが私の服を誉めてくれました。

 ちょっと照れくさくて、でもとても嬉しいです。


「おはよう、お母さんもう起きてたんだ」


 お母さんに返事をしながら台所に行くと、料理を箱に詰めていました。

 何だろうと思って見ていると、お母さんからお皿を渡されました。


「ほら、食べてからいきな、かなり歩くんでしょ」


 お母さんから受け取ったお皿には卵焼きと川魚の塩焼き、それといつもと同じパンが乗っています。

 食卓まで持っていっていつものように食べ始めると、お母さんがじっと私を見つめています。

 少しおかしくて恥ずかしくなって、笑ってしまいました。


「もう、何?そんなにぼおっとしちゃって」


 笑いながら私がそう言うと、お母さんもつられて笑いました。


「ごめんごめん……なんか、おっきくなったなぁって思ってね」


 そう答えたお母さんの目が、私よりも遠いどこかを見つめているような目をしています。

 まるで今から二度と会えないお別れを言い出しそうな、そんな目です。

 村長さんから聞いた話が頭をよぎって、それを振り払うために朝ご飯を一気に食べ切りました。

 ちょっと口の中に骨が刺さって痛かったけど、水で飲み込みます。


「……っ、ごちそうさまでしたっ!」


 私が急に勢い良く食べ始めたからでしょうか。

 お母さんが目を丸くして動きを止めています。


「お母さん向こうで買ってきてほしい物とかある!?」


 勢いそのままに、港町で買ってきてほしい物は無いか聞いてみました。

 大きな声で、お母さんの考えていることすべてを吹き飛ばすように。

 大きく見開いた目を三回ほどゆっくり瞬きさせた後、お母さんはようやく口を開きました。


「そ、そうね、向こうの街って珍しい調味料があるらしいの、お母さんそれが欲しいな」


 お母さんの要望に、私はきちんと首を縦に振ります。

 珍しい調味料、と何度も頭の中で唱えて覚えておけるようにします。


「じゃあ楽しみに待っててね、ちゃんと持って帰ってくるから」


 絶対にお母さんたちの所に戻ってくるって約束をします。

 私一人が残って村が無くなるなんて、そんなことはあり得ない。

 きちんと帰ってきて、またお父さんの畑仕事を手伝ったり、お母さんの料理を手伝ったりできるって約束です。


「うん、待ってる」


 お母さんが寂しそうに笑ってそう言ったのを、帰ってきたときに笑い話にしてやります。

 私の中から元気が水のように湧き出てくる気がしました。

 食器を片付けて、顔を洗って口をゆすいで、身支度を整えていると扉を叩く音が聞こえます。

 セーシュさんが迎えに来てくれたのでしょう。

 私は勢い良く扉を開けました。


「ごべっ」


 扉の前にセーシュさんが居て、思いっきり扉を当ててしまいました。


「うえっ!?ご、ごめんなさい!」


 鼻を抑えて下を向くセーシュさんに謝ります。


「大、丈夫……今度から気を付けて」


 弱々しくもセーシュさんがそう答えてくれましたが、旅の初めに早速やらかしてしまいました。

 とても申し訳ないです。

 ふぅっと息を吐いて、セーシュさんが顔を上げました。


「あー……準備はできて、るみたいだな」


 少し言いよどんだ後、私の格好を見てセーシュさんが言葉を付け足します。

 どことなく口の端が上に上がったようにも見えます。


「ふぁ……おはよう……ん?」


 起きてきたお父さんが寝ぼけたような目で、こちらを眺めています。

 少しだらしない格好で恥ずかしいです。


「あ、そうかミアンが旅行に行くんだっけ」


 大きく口を開けてあくびをしながらお父さんがこっちへ来ます。


「あー、セーシュです……一応、娘さんを預からせて、もらいます」


 少し目線を逸らしながら、お父さんに挨拶をするセーシュさん。

 なんだかさっきより背筋が伸びたようにも見えます。


「君がねぇ……ふぅん」


 短く髭の生えた顎をさすりながら、お父さんがセーシュさんをじろじろと見ています。

 二人が並ぶと目の前に壁があるような感覚になります。

 お父さんも背が高いのですが、セーシュさんの方が少しだけ高いようでした。


「うちの子、ちょっと元気すぎて申し訳ないけどよろしくね」


 お父さんが私の頭に手を置きながらそう言いました。

 少し頭を撫でられて、そのまま離されます。


「もう……それじゃ、行ってきます!」


 お父さんたちに手を振って、村の出入り口まで向かいました。

 そう言えば、あの女の子の姿が見えません。


「そう言えばセーシュさん、あの女の子は待たなくてもいいんですか?」


 歩きながらそう聞くと、セーシュさんの顔が少し青褪めます。

 そして少し悩むようにした後、話してくれました。


「……あいつ、どこからでも見てるから待たなくてもいいってさ」


 そう言ってセーシュさんは少し疲れたような目をしました。

 なんだか寂しいような、残念なような気持ちになります。

 村を出てしばらく歩くと、草の生えていない道に出ました。


「人が見えませんね?」


「そりゃあ……こっちの方は何かあるってわけでもないからな」


 見渡しても全然人影が見えない道をてくてくと進んでいきます。

 恥ずかしながら村を出たことが無いので、見えるものが全部新鮮でした。

 見たことない物を見るたびに、セーシュさんに質問をしていきます。


「あの木に生ってる実ってなんですか?」


「すごくまずいしお腹痛くなるからやめた方が良いやつ、名前は知らない」


 私の質問にセーシュさんは気怠そうにしながらも答えてくれます。


「そう言えばセーシュさんって何歳ですか?」


 ひとしきり質問攻めをした後、ふと気になっていたことを聞きました。

 セーシュさんが一瞬口を開いた後、何かを数え始めます。


「あー……確か、二十五、か六だった、と思う」


 自信なさげにセーシュさんが答えました。

 意外と年上でした。

 見た目はそうは見えないくらいに若いのに、ビックリです。


「え、びっくりです」


 思わず声に出してしまいました。

 セーシュさんが心外だと言いたげな目で痛いくらいに見つめます。


「あ!私はですね……」


 話題を強引に戻そうとしてそう言うと。


「十二歳だろ、大白月生まれの」


 セーシュさんがぴったりと言い当てました。

 しかも年だけでなく、生まれた日までもです。

 更にビックリです。


「なんでわかるの!?」


 思わず敬語を忘れるくらいに大きな声で驚いてしまいました。

 セーシュさんは少しうるさそうに顔をしかめながら、私の頭を指差します。


「大白月生まれは両親の髪の色じゃなくて銀色になるんだそうだ」


 確かに私の髪の毛は銀色っぽいです。

 特に気にしたことが無かったけど、そういう理由があったのかと感心しました。


「で、年は背とか行動とかから色々考えて推測だよ」


 なんだかセーシュさんが少し頭が良い人に見えてきました。

 セーシュさんは少しだけ得意げな顔をしたかと思えば、急に顔をしかめます。


「あ、悪い……調子に乗った」


 セーシュさんの歩く速さが少し速くなりました。

 遅れないように、私もしっかりと歩きます。

 道中にお話ができて、楽しく旅を始められました。

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