夜の森の中で

 日がすっかりと落ち切って、夜の闇が辺りを飲み込む。

 空に昇った二つの月は昨日よりも距離を近づけて、もうしばらくすれば重なるだろうと思われる。

 月明りが、森の中で動く何者かを照らしている。

 動きやすそうな軽装、その胸元には騎士団員であることを示す徽章。

 野営地から遠い場所を、辺りを警戒しながら歩いている。

 その先には木と縄で作られた簡単な檻が置いてあった。

 暗くて見えないが、檻の中に何かが入っている。

 騎士団員が檻の縄を解こうとすると、後ろから声を掛けられた。


「遅かったな、待ちくたびれたぞ」


 騎士団員にとってはとても聞き覚えのある声。

 それは聖剣の担い手、シュンユウの声であった。

 大きく欠伸をして、いかにも油断しているといった行動だが、その手は腰の剣から一時も離れない。


「に、担い手様……!」


 騎士団員は慄きながらも、縄から手を離さない。


「ひ、疲労で動けなくなっていると聞いたのですが……」


 その言葉を聞きながらシュンユウは大きく伸びをする。

 動く傍からごきごきと骨が鳴る。


「そんなの、無理して動いてるに決まってるだろ」


 シュンユウは何でもないようにそう言いながら、団員との距離を少しづつ縮めている。

 その顔は暗く見辛いが、少なくとも味方に向けるような表情ではない。


「おまえは、こんなところで、何をしているんだ?」


 言葉を一つ一つ区切り強調しながら、団員がこの場に居る意味を聞く。

 その手は既に剣の柄を握り締めている。


「わ、私は……」


 上手い言い訳が思いつかない。

 少し涼しいくらいの気温だというのに、団員は酷く大量の汗をかいている。

 視線はぐるぐると宙を舞い、どうにも定まらない。

 シュンユウがはぁ、と息を吐く。


「俺は、怒ってない、きちんと、話してくれ」


 そう言うが、団員は知っている。

 言葉を区切って話すのは、シュンユウが飲み込めないほどに怒っている時の癖だという事を。

 ぐるぐると同じ思考を繰り返す団員の頭に、一つの案が浮かび上がった。

 ここに居る魔物どもは昼間の警邏中に捕らえた物なのだと、嘘を吐けばいい。

 シュンユウは頭がよろしくないから、きっと騙せるはずだ。

 そう甘い考えがふとよぎってしまったのだ。


「こ、ここ、ここに居る魔物どもは我々の崇高な目的のため、あの村を滅ぼすために集め、ここに待機させていたものです担い手様!」


 けれども口は意に反して本音を語る。

 言いたいのはそれじゃないと頭では思いながら、つらつらと計画を語ってしまう。


「我々は偽りの神とは違う本物の神を信仰する者、故に神のおっしゃる事に我々は服従するのです」


 団員の顔が青褪める。

 もはや後には引けなくなった。

 目的をあろうことか一番聞かれてはいけない者に聞かれてしまっている。


「我らの神があの村は滅ぶべきだと言ったのです、だからあの村は滅ばなければならない!」


 最早隠し立てもせず堂々と、自らの意思で団員が語る。

 狂気の色が見え始めた団員を、シュンユウは熾火のような橙色の瞳でただじっと見つめている。


「偽の神を信仰する罰当たりどもに!頭を下げるのもまっぴらだ!」


 そう言いながら檻を閉じていた縄を強引に切る。


「小出しにするのが間違っていたんだ!全部出して諸共に滅びればいいんだよ!」


 狂ったように口の端を釣り上げて笑い、檻の扉を開け放つ。

 団員自身も襲われるだろうが関係ない。

 これこそが自分の使命だったのだと、確信していた。


「随分楽しそうだな」


 シュンユウはただただ冷静に、腰の剣を抜き放つ。

 聖剣ではない騎士団の誰もが持っている剣。

 それを見た団員は更に悪辣に微笑む。


「見えないのかよ担い手様ァ!?この魔物どもがさァ!」


「見えない、どこに居るんだ」


 冷たく言い放たれたその言葉に、団員は耳を疑った。

 見えないはずがない、こんなにもたくさんの魔物を、教団から輸送したのだ。

 神の預言を成就させるために、犠牲を払って集めたのだ。

 恐る恐る振り向く。

 何も居ない。

 居るはずの魔物が跡形もなく消えている。


「お前の警邏中に色々とあってな、お前の仲間の三人は既に捕えてある、お前たちの計画も既に聞いてる」


 剣の切っ先を団員に突き付けながら、シュンユウが話す。


「焦ってたんだなぁ、後ろに居たカンライにも気づかなかったんだろう?」


 団員は浅い呼吸を素早く何度も繰り返している。

 頭に霞がかかっているかのように感じる。

 焦りながらも剣を抜いて、シュンユウに襲い掛かろうとした。


「うるさいんだよ!だから何だって」


 言い切れず、団員は顔を地面に擦り付けられる。

 剣は難なく跳ね飛ばされて、傍にあった倒木に突き刺さった。

 腕を取られて組み伏せられ、動くことすらままならない。


「まぁいいか、話は後で聞くからな」


 なおも喚く団員をしっかりと押さえつけて、シュンユウは傍で待機していたカンライに指示を出す。


「ごめんな、縛り上げて連れて行ってくれ」


 団員はそのまま縛り上げられ、カンライに連れていかれた。

 ふぅ、と緊張をほぐすようにシュンユウが息を吐く。


「手際が良いじゃないか、お疲れ」


 背後から声を掛けられる。

 シュンユウが振り向けば、そこには眼鏡をかけた細身の男が立っていた。

 腰に聖剣を携えてにっこりと軽薄そうに微笑むその男は、シュンユウの友にして聖剣の担い手の一人であるアンリであった。


「アンリ、手を貸してくれてありがとな」


 人懐っこい笑顔に戻ったシュンユウがアンリに近づく。


「困ったときは助けるものだろ、あぁほら、神様だってそう言ってるしさ」


 アンリは少し照れくさそうに頬を掻いて、視線を下げる。

 足元の倒木に刺さっている剣を引き抜きながら、アンリが話し続ける。


「しっかし、良く裏切り者が居るなんてわかったな、どうやって調べたんだ?」


 その言葉に、シュンユウが動揺を返す。

 もちろんアンリが見逃すはずも無く、からかうような笑顔でさらに続けた。


「おいおいなんだよその顔、気になるじゃんかよぉ」


 そう言われるとさらにシュンユウが顔を逸らす。


「言いたくないよ、だってまだお前の聖剣が光ってるだろ」


 シュンユウの指差す先、アンリの腰元の聖剣は鞘の隙間から僅かに光が漏れ出ていた。


「なるほど、嘘がつけないうちは話したくないと……へーん、そうかいそうかい」


 シュンユウの意図に気付いて、アンリは不貞腐れたような声を上げながら聖剣をきちんと鞘に戻す。

 漏れ出ていた光も消えて、光源はわずかに届く月の光のみとなった。


「ごめんよ、後でちゃんと話すからさ」


 申し訳なさそうに謝るシュンユウに、いつも通りの笑顔でアンリが返す。

 先程引き抜いた剣を手渡して、距離を離す。


「またなんかあったら手助けするからな」


 笑いながらそう言って、アンリは野営地とは別方向へと進んでいった。

 シュンユウに見送られ、姿も見えなくなった頃、アンリが独り言ちる。


「ま、カンライちゃんから聞いてるから知ってるけどな……怪物ねぇ」


 そうして、布に包まれた剣を拾い上げた。

 半ばから怪物に引き千切られたその剣を眺めながら、アンリは森の中を進む。


「わけわかんねぇ怪物に、異教徒の暴走、あーそういや港町の方でなんか企んでるとかあったな」


 独り言の後、剣を布に包み直して宙を見上げる。

 星が散りばめられた夜空が、枝の隙間から覗いている。

 月の距離は先程よりも近づいているように見えた。


「あ、帰りは俺一人じゃん、やぁばい!」


 帰る手段を考えていなかったことを思い出し、アンリは慌てて走り出す。

 木々の間を縫うように駆け抜け、向かう先は宿場町の方向。

 日が昇るまでには着くかなぁなどと楽観的に考えながら、アンリは森を抜けた。

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