二人の交流

 セーシュが表に出ると、楽しそうに動き回るミアンが目に入った。

 先ほど貰った物を早速身に着けて、くるくると回ってみたり、走り回ってみたりしている。


「きゃー!見てくださいセーシュさん、格好いいですこれ!」


 セーシュに気付いたミアンが駆け寄ってくる。

 顔は興奮で紅潮し、目をキラキラと輝かせていて、大きく口を開けて笑っている。

 その後ろに、怪物が居た。


「えぇ、格好いいですねミアンさん」


 ゆっくりと地面を滑るように怪物が近づいてきた。

 ミアンよりも背が低く、どこか幼さを感じさせる顔なのに、恐ろしさが上回る。


「あなた、渡した銀貨はきちんと使えましたね」


 怪物が口元を隠してくすくすと笑いながら、セーシュが咄嗟に隠した手元を眺めている。

 その視線の先には先ほど購入した小盾があった。


「セーシュさんもなにか買ったんですか?」


 怪物の後ろからミアンがこちらを覗き込んでいる。

 癖で隠してしまったが特に隠す理由も無い、セーシュは素直に小盾を見せた。


「盾、ですか?セーシュさんが使うんですか?」


 不思議そうに首を傾げるミアン。

 セーシュは首を横に振った。


「いや、僕じゃない、おまえのための装備だよ」


 ミアンを指差して、そう言い切る。

 相も変わらず怪物が口元を隠しているが、恐らくは笑っているのだろう。

 言われたミアンはやはり目を丸くして驚いていた。

 何も持っていない方の手で頭を掻きながら、セーシュが目を横に逸らしながら話を続ける。


「あー……まぁ、さっき剣を貰ってたけどそれは置いていった方が良い、こっちを持っていけ」


 セーシュのその言葉を、ミアンは理解しきれなかった。


「え、何で、ですか?」


 不安げに、少しむっとしたような顔で、セーシュの言葉の意味を問う。

 セーシュは視線を宙に泳がせて、何とか理由を言葉に出そうと苦戦しているようだ。


「ミアンさんは盾の方がうまく扱えるからですよ」


 その会話に怪物が割り込む。

 訳知り顔で口元に笑みを浮かべながら、セーシュから盾を奪い取ってミアンに渡す。


「後は下手に武器を持っていると魔物以外にも襲われますし、そういった輩はセーシュさんとしても避けたいのでしょう」


 確認するように怪物がセーシュへと視線を向けるが、セーシュは更に視線を逸らす。

 ミアンは納得がいかない顔で、手渡された盾をじっと見つめていた。


「まぁ、盾の上手な使い方はセーシュさんが教えてくれますよ」


「は?」


 怪物のこの言葉に、今度はセーシュが目を丸くする。

 反対にミアンは眼をキラキラと輝かせて、セーシュへと視線を移した。


「ほんとですかセーシュさん!」


 いかにも楽しみだと言いたげな顔で、うずうずと体を震わせながら、ミアンがセーシュに近づく。

 セーシュはどうにか言い訳を考えようと頭を働かせるが、目の前に居る怪物が恐ろしい顔で見つめてくる。


「あー……まったくもう、分かった、教える」


 結局何も言い訳は思い浮かばず、セーシュが渋々と了承する。


「とりあえず、盾をこっちに渡してくれ」


 セーシュはそう言いながら両手をミアンに差し出した。

 片手には何も持たず、もう片手には短剣を乗せている。

 ミアンは空いている方の手に盾を手渡した。

 どうするのかとセーシュの顔を眺めていると、セーシュは短剣へと視線を落として、そちらを取れと言いたげに差し出した。

 ミアンが短剣を手に取るのを確認して、セーシュが少し距離を離す。

 三歩で踏み込める間合いまで離れ、セーシュは少し大きな声でミアンへと言う。


「その短剣で俺を刺そうとしてみろ、できないから」


 腰を少し落として、盾を前に突き出すように構えるセーシュ。

 唐突にそう言われたミアンは、少し慌てながら包丁を握るように短剣を持ち、見様見真似で構えた。

 そして歩きながらセーシュへと近づき、構えられた盾目掛けて全身を使って短剣を突き刺そうとする。

 しかし刃先は盾の表面を滑るかのように動いて刺さらず、そのままセーシュの目の前で転んでしまう。

 その隙にセーシュは屈んで、ミアンから短剣を取り返した。


「……まぁ、言いたいことはいろいろあるけど、この盾だけでもこうして攻撃を逸らすぐらいは簡単にできる、こうして転ばせてしまえばその隙に逃げることだって……」


 セーシュが少し得意げに語り始めるが、はっと我に返る。

 相手は子供なのに、大人げなく立ち向かってしまった。

 泣かれてしまえばとても面倒だ。

 そんなことを考えながら、恐る恐る転んだミアンの顔を覗き込む。

 けれど、そんな心配は無用だった。

 変わらずミアンの瞳は輝きを宿しており、その心中には今の技術への称賛が、その脳内にはどうやったらできるのだろうという思案があった。

 覗き込むセーシュの視線に気づいたミアンは元気よく飛び上がって立ち上がり、その輝く瞳でセーシュを見つめる。


「い、今のどうやったんですか!?も、もう一回やって見せてください!」


 若い活力に思わず気圧されるセーシュ。

 けれど、ミアンから自分へ向けられる言葉に敬意を感じて、思わず顔が赤らむ。


「う、あぁ、わかった、じゃあもう一回……」


 セーシュは気を良くしてもう一度盾を構える。

 そこへ先ほどと同じようにミアンが攻撃を加えて、受け流される。

 今度は転ばなかったが、受け流す際の動作が全く見えなかった。


「すごいすごい!どうやるんですかそれ!」


 楽しそうにセーシュに教えを乞うミアンと、それに答えるセーシュ。

 二人は、いつの間にか怪物が居なくなっていることに気が付かないほどに集中していた。

 やがて日が落ちるころになり、ようやく二人は我に返った。

 セーシュと別れた後も、ミアンは興奮冷めやらぬ様子で家へと戻る。

 家に戻った後も盾をずっと握り締めて、学んだ技術を復習するほどに楽しい一日だった。

 無論、そちらにばかり集中しすぎて母親にひどく叱られてしまった。

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