雑貨屋にて

 セーシュがミアンに手を引かれて少し歩くと、目的の雑貨屋の前へとたどり着いた。

 小さな村に似つかわしい、こじんまりとした店。

 ミアンが店の扉を開けて中を覗くと、店主であろう老人が朗らかな笑顔で出迎えた。


「おやミアンちゃん、お使いかな?」


「ううん、旅行に行くから準備するの!」


 和やかに会話する二人をよそに、セーシュは店内を見回す。

 日用品やちょっとした嗜好品、それとあまり揃っていない武装などの品揃えの中に。セーシュの目を釘付けにするものがあった。

 他の誰も気にも留めないその品々が、思わず息を止めてしまうほどにセーシュの心をかき乱す。

 砕くことで小さな火を起こすことができる火付けの輝石。

 誰もが扱うことがあるだろうそれが、棚の上の籠に入れられている。

 その下に爆ぜる燃料が大量に置かれていた。

 誰かが間違えてあの輝石を落としてしまえば、すぐにでも大爆発が起きるだろう配置だ。

 セーシュの脳裏に嫌でも火災の光景が蘇る。


「大丈夫かい?顔色が悪いようだけど……」


 店主から声を掛けられて、ようやくセーシュが我に返った。


「あ……あぁ、いや、あの並びだと事故が起きそうだなって思ってさ」


 そう言いながら輝石の棚を指し示すセーシュ。

 店主もその方向を見て、セーシュの意図に気付いたようだ。


「あぁ、なるほど確かに、落っことしたら大変なことになるね、並べ替えておこう」


 店主が棚の方へと向かう中、セーシュが胸に手を当てて呼吸を整える。

 怪物と自分以外知らないだろうあの火災は、もしかしたらここから出火したのかもしれない。

 盗みに入ったばかりに起きてしまった凄惨な事件を思い出して、セーシュは酷く動揺していた。

 そんなセーシュの顔をミアンがのぞき込む。


「セーシュさん……もしかして体調が悪かったりしますか?」


 心配そうな顔をしているミアンを見て、セーシュは歯を食いしばって下手な笑顔を向ける。


「大丈夫、心配ないよ……」


 ミアンの反応からそれほどまでに酷い顔なのだとセーシュにも予想がついた。

 何か言いたげな表情をするが、それを飲み込んでミアンが離れる。


「あ!そういえば旅行ってどういう準備をした方が良いんでしょう?」


 ミアンが体の底から元気を振り絞るように明るい声色で、セーシュに問い掛ける。

 雑貨屋の棚に駆け寄って、それぞれの品を見定めるような大げさな素振りを見せる。

 一瞬、セーシュが目を大きく見開くが、すぐに大きく息を吸い込んで吐き出した。

 その後普段の気だるげな表情に戻りながら、ミアンの元へと向かった。


「あー……そうだなぁ、あんたは初旅だし、靴とか外套とかいろいろ揃えないと……」


 そう言いながら様々な棚を探すが、ミアンに合う大きさの物は見当たらない。


「それなら大丈夫、しっかり用意してあるよ」


 探し続ける二人に店主がそう声を掛けて店の奥へと入っていく。

 しばらくして戻ってくると、その手元には旅道具が包みに入れられていた。


「ほらここにはミアンちゃんぐらいしか小さい子は居ないからね、奥にしまっていたんだ」


 そう言って店主からミアンへと旅道具が渡される。


「へ、あ、な、幾らですか?」


 渡されたミアンは少しふらつきながら受け取り、上ずった声で店主に値段を聞いた。

 興奮と不安と心配が入り混じったような表情で、手元の道具と店主の顔を交互に見ている。


「ん?あぁ、お代は要らないよ、もともとミアンちゃんの為に用意したようなものだもの」


 そう言われて、ミアンは嬉しそうな不安そうな顔で固まってしまった。

 店主は言葉に出さずに、開けてみなさいと手振りで伝える。

 顔を紅潮させて、目をキラキラと輝かせながら、恐る恐る包みを開ける。

 暖かそうな毛皮の外套と手袋と靴。

 ベルトのついた鞄は、収納場所が多いながらも体の動きを阻害しないようになっている。

 そして少々短めの剣が一振り入っていた。


「……!ほんとに、貰っていいの!?」


 興奮を隠しきれない様子で、店主を見つめるミアン。

 その様子を見て、店主は微笑んで首を縦に振った。

 ミアンは嬉しそうにそれぞれの装備を眺めている。

 一方、セーシュは他の棚へと移っていた。

 目の前にあるのは革を重ね張りした小盾。

 受け止めるのではなく受け流すための盾である。


「おや、それを買いますか?」


 背後から店主が声を掛けると、セーシュの体がピクンと跳ねる。

 へらへらとした笑みを口元に浮かべながら、ばつが悪そうに頭を掻いた。

 セーシュの財布には少しの錫貨も入ってはいない。

 そんなものがあるのなら盗みをしようとも思わないだろう。


「あ、いや、見てただけ……です」


 そんなことを話していると、急に背筋が氷を詰めたかのように冷たくなった。

 視界が真っ黒に染められて、自分の心臓の音だけが聞こえてくる。

 何度目かの恐怖に、セーシュは怪物がそばに居ると確信できるほど慣れてしまっている。

 粘つくような声が耳元で囁いた。


「可哀そうですね、仕方がないので財布に幾らか入れておきました、無駄遣いはさせませんけれどね」


 呼吸すらできないほどの一瞬で、店内は元通りの雰囲気へと戻っていた。

 店主が不思議そうな眼でセーシュを見つめている。


「本当に大丈夫かい?急に汗が噴き出てきたけど……」


 店主の問いに、慌てて首を縦に振ってごまかす。


「ほ、本当に大丈夫、ですから……」


 少し後ずさりをすると、懐の財布からシャリンと金属の擦れる音がする。

 心臓を跳ねさせながら慌てて取り出して確認してみると、あるはずの無い銀貨が十数枚入っていた。


「は?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 いつの間に入っていたのだろうか、まさか今入れられたのだろうか。

 ぐるぐると考え続ける頭を振って思考を散らす。

 セーシュは革の小盾を掴んで、銀貨三枚を店主に渡した。


「あ……これ、買います」


 セーシュがそう伝えると店主はにっこりと微笑んだ。


「うん、お買い上げありがとう……そのまま持って行くかい?」


 店主は朗らかな声でそう言いながら銀貨を数えて、錫貨を数枚セーシュへと渡す。


「セーシュさん、お買い物終わりました!」


 飛び跳ねるような元気な声で、ミアンがセーシュを呼ぶ。

 既に店の表へと飛び出しているようだ。


「ミアンちゃんは元気だねぇ、君も着いていってあげておくれ」


 笑みを絶やさずに店主がそう声を掛ける。

 セーシュは頭を下げて、表へと歩いて行った。

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