私の起床

 大きく布団を跳ね飛ばして、私は目を覚ましました。

 ドクンドクンと血を送る心臓の鼓動が、なんだか安心します。

 手を握ったり開いたりして、床をしっかりと足で踏みしめて、そこでようやくハァハァとうるさい呼吸が自分の物だと気づきました。


「ミアンー?起きたのー?」


 部屋の外からお母さんの声が聞こえます。

 朝の光が窓から差し込んで、少し眩しいくらいです。

 なんだか、自分の全部が無くなってしまったような気がしていましたが、気のせいだったようです。

 汗で濡れた服を着替えて部屋を出ると、お母さんが少し困ったような顔で私を見ました。


「あんた、大丈夫?すごい顔色よ?」


 普段は寝坊をすると怖いお母さんが、心配をするほどに私は酷い顔をしているのでしょう。

 でも、特にどこか痛いわけでもありません。

 心配をさせないように、私はにっこりと笑います。


「だいじょうぶ!変な夢を見ただけなの」


 そう言っても、お母さんは心配そうな顔を崩しません。

 怒られる前に朝ご飯を食べようと、すぐに椅子に座りました。

 いつも通りの朝ごはん、おじさんが焼いてくれたパンと卵焼き、野菜と塩漬け肉の入ったスープを食べていると、お母さんが何か思い出したように話し始めました。


「そう言えばあんた、村長さんが呼んでたよ、食べ終わったら行きなさいね」


 その話を聞いて、昨日の夜のことが頭をよぎります。

 女の子のことやセーシュさんのこと、村長さんと預言。

 私は口の中のパンを飲み込んで、ぶんぶんと頭を振りました。

 ご飯の時くらい、難しいことを考えたくはありません。

 全部おいしく平らげて、少し慌てながら私は家を出ました。


「ちょっと!お皿くらい片付けてから……!」


 お母さんの声が後ろから聞こえますが、聞こえないふりをして村長さんの家に急ぎます。

 なんだか気持ちが逸って、足が自ずと速度を上げるのです。

 村長さんの家の扉を、体でノックすると同時にこじ開けました。

 村長さんが目を見開いて硬直しているのが見えます。


「おはようございます村長さん!」


 いつもよりも大きな声で、なにか不安を吹き飛ばすような感じで、挨拶をします。

 けれど、村長さんは太陽色の眼を大きく開いたまま微動だにしません。

 村長さんの隣に居たセーシュさんも似たような顔をしていました。


「おはようございます、元気ですね」


 ただ一人、昨日の女の子だけが挨拶を返してくれました。


「お二人とも、きちんと挨拶を返さないと」


 女の子がそう言うと、二人とも目を何度か瞬かせてから、挨拶してくれました。

 どうやら私が来る前にお話をしていたようです。


「さて、主役が来ましたし、お話を続けましょうか」


 くすくすと可愛らしく笑う女の子。

 それに反するように、セーシュさんの顔がどんどんと青ざめていきます。


「とはいえ、立ったまま話すのは辛いでしょう、あちらの席を使いましょう」


 女の子の指差した先には、昨日の夜座った席がありました。

 皆何も言わずに座ったので、私も口をきゅっと閉じて椅子に座りました。

 私たちの間に、どこか緊張した空気が漂っています。

 息の詰まりそうな沈黙の中、女の子だけが笑っています。


「皆さん緊張していますね、もっと力を抜いてもいいのですよ」


 その言葉で、私は大きく息を吐いて体の力を抜きました。

 でもセーシュさんは顔にしわを作りながら、女の子を睨みつけて動きません。

 村長さんも髭を撫でるばかりです。


「さて、皆さんが気にしている昨日のことですが、預言が実行されただけの小さな事件です」


 この空気の中で、平然として話し始める女の子。

 私以外の誰も反応を返しません。


「村の消滅は一度免れました、ですがまだ狙われていますので、村長さんはどうぞお気を付けくださいね」


 村長さんの眉がピクリと動きます。


「狙われているって……どういう事かな」


「どういうことも何も、預言されたので皆さん成就させるために必死に狙っているのですよ」


 聞いたことの無い怖い声で質問する村長さんにも、女の子はあっけらかんとして答えました。

 預言を成就させるとかどうとか、難しそうな話でよく分かりません。

 神様が言ったのだから、誰かが頑張る必要はないのではないでしょうか。


「預言を成就させるためったって……」


 何か言いたげにセーシュさんが口を挟みますが、最後の方は声が小さくなって聞き取れません。


「預言をしたのは皆さんが信じている神と呼んでいるものではありませんよ」


 女の子の言葉が、私の意識をセーシュさんから引き剥がしました。

 それほど驚いたのです。

 神様以外が預言をするなんて信じられません。


「では一体誰が……!」


 村長さんの声が震えています。

 きっと、私と同じで信じられないのでしょう。

 それにこの預言のせいで昔もめ事があったのです。

 しなくてもいいもめ事だったと言われているようなものです。

 でも、女の子は意にも介さず、淡々と話し続けました。


「皆さんが信じていない方の神と呼ばれているものですよ、当然でしょう」


 それは、思いもよらないことでした。

 神様が複数居るだなんて、考えたことも無かったのです。

 あまりにも常識から外れています。


「けれど、それは……」


 村長さんが酷く動揺しているのを見て、女の子が笑いました。


「えぇそうですよ、神使も預言を伝えた人も襲撃者ももちろん繋がっていますよ」


 村長さんが言いたいことが分かっているかのように、女の子は答えます。

 動揺がますます深まりました。


「ところで、その薄い刃で切りかかっても、刃が使い物にならなくなるだけですよ」


 突然女の子がそんなことを言い出します。

 それと同時に、セーシュさんが立ち上がりました。

 手には短剣を握っています。


「……」


 セーシュさんに言っているのかとも思いましたが、すぐに間違いだと気づきました。

 どれだけ数えても、この部屋に気配が一人多いのです。

 誰かいるのが分かっているのに、どこにも姿が見えないのが恐ろしいです。


「そのままでいいので、お話を聞いてくださいね」


 姿の見えない誰かに向かって、女の子が語り掛けます。

 数秒の沈黙の後、女の子は話を再開しました。


「この村の預言の正体は神を名乗る誰かの狂言です、ですがこれが成立すれば彼らの筋書き通りに物語が進みます」


 ゆっくりと話しながら、女の子が席を立って歩き回ります。

 ふらふらと掴み所の無い動き方です。


「私はこのまま預言を成立させるつもりはありません、この村が滅ぶ要因を潰します」


 ぐいっと何かを掴む動作をする女の子。

 その手の先にはきれいな女の人が居ました。


「理解できましたらあなたの部隊にいる裏切り者にお伝えください」


 そう言って女の人を掴んでいた手を離しました。

 女の人が苦しそうに息をしながら、女の子を睨みつけています。


「お前は一体何なんだ……!」


 女の人が放ったその言葉に、女の子がくすくすと笑います。

 その時急に、女の子の雰囲気がとても恐ろしい物に変化した気がしました。


「怪物ですよ、あなたたちでは到底理解の及ばない怪物です」


 にっこりと笑う女の子の顔が、本当に良くできたお人形のようにキレイです。

 それがなんだかとても恐ろしいのです。


「……この場は退かせてもらおう」


 女の人はそう言うと、景色に溶けるようにすっと居なくなりました。


「さて、では準備をしましょうか」


 その言葉と共にみんなの口から大きなため息が吹き出しました。

 張り詰めていた空気が緩んだのが分かります。

 この時にようやく、私の心臓がすごい速さになっていたことに気付きました。

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