私の悪夢
セーシュさんを連れて、村長さんのお家の前までやってきました。
ここに来るまでの間、ずっとセーシュさんがきょろきょろと周りを見渡していましたが、何かに襲われることなく来ることができました。
「村長さーん、夜遅くにごめんなさーい!」
少し大きな声を出しながらお家の中に入ると、村長さんがあくびをしながら出てきてくれました。
「ふあぁ……誰だいこんな遅くに……えぇっと、ミアンか」
すごく眠そうな村長さんに申し訳なさを感じますが、緊急事態なのでしょうがないです。
後ろを向いて、かちこちと音が聞こえてきそうなぐらいに固まっているセーシュさんに村長さんを紹介します。
「セーシュさん、このすごい髭の人が村長さんです、そしてこっちの人が魔物を退治してたセーシュさんです」
村長さんへのセーシュさんの紹介も忘れないようにしながら話しました。
大きなあくびをしていた村長さんですが、魔物と聞いて途端に目が覚めたようです。
「魔物を、退治?君が……?」
一度大きく見開いた眼を細めながら、セーシュさんを見つめる村長さん。
暗い部屋の中で、村長さんの太陽みたいな色の眼が少しだけ輝いたように見えました。
「まぁ、とにかく用事があるのだろう、こちらへ来なさい」
そう言って、村長さんは私たちを部屋へと招いてくれました。
食事用の大きな机のある部屋で私たちを椅子に座らせると、村長さんがその向かい側に座りました。
蝋燭の明かりで照らされた村長さんの顔は、なんだか真剣そうです。
今まであんな顔の村長さんを見たことが無くて、私まで緊張してきました。
「それで、魔物だったか……あぁ、君たちはそんなに緊張しないでね」
私の緊張を見抜かれたようで、すこし顔が熱くなります。
セーシュさんが突然ふぅっと大きく息を吐いて、決心したような顔になりました。
「村長さん、これから僕がこの夜に起きたことを話すけど……できるだけ信じてほしい、です」
少し言葉を詰まらせながらセーシュさんがそう言うと、村長さんは黙って首を縦に振りました。
それから、セーシュさんが少しずつ話を始めました。
自分がこの村で放火をした話。
怪物が自分の目の前に突然現れた話。
そして、魔物退治をさせられた話。
聞いていて、現実のことだとは思えませんでした。
なんだか詩人さんの怖い話とか、作り話とか、そんなのに近いように感じます。
でも、あの女の子のことを思い返すと途端に、全部できてしまうんだろうなと思えるのです。
村長さんの表情も、まるで信じていないような顔でした。
「以上が、この夜に起きたことです……やっぱり、信じられない、ですよね」
話し終わって、少し俯きながらそう言うセーシュさん。
諦めているような笑うような、悲しそうな声でした。
村長さんは何も言いません。
照らされているはずなのに、顔があまりよく見えなくて怖いです。
「えっと、その、村長さん……信じられないかもしれないけど、本当なんです」
私がそう言っても、怖い雰囲気が変わりません。
少しして、村長さんの口が開きました。
「信じるよ……私としても信じたくないがね」
言いながら、村長さんが椅子を立って窓の方へと歩きます。
「元々ね、預言があったんだ、この村には」
私たちは何も言えずに、村長さんの話を静かに聞いていました。
「ミアン、君が成長するまでにこの村は君一人を置いて消えてしまうと、そう言われていたんだ」
窓の外を眺めながら話す村長さん。
その声はなんだか辛そうな感じです。
「対策しようにも何が起こるかすら分からず、それどころか運命だから避けることは出来ないとまで言われていたんだ、聖地の神使たちですら諦めていたんだよ」
震えていて、今にも泣きだしてしまいそうで、聞いているのが辛くなるような声で、村長さんが話し続けます。
じくじくと、胸の奥が針が刺さったように痛みます。
「もちろん村の皆に話した、君は村を滅ぼす悪魔だと、どこか別の場所へ養子に出そう、いっその事殺してしまおうとまで言われたよ」
村長さんがとても辛そうなのに、先に私の眼から涙が溢れてきました。
だって、そんなことを一度も聞いたことがありません。
村の皆はずっと私と仲良くしてくれて、皆優しかったのです。
「でもその人たちが別の場所に引っ越して、今居る皆は構わないと、死ぬわけじゃないと言って残ってくれたんだ」
悲しくないはずなのに、体が勝手に涙を流します。
本当に、悲しくないはずなのに。
「最近不穏な話が増えてきていて、半ば諦めていたんだ、きっとそろそろ消えるのだと」
涙で目が滲んで、全部がぼやけて見えます。
でも、村長さんがこっちに近づいてきているのは分かりました。
「今日君たちが出会ったのはきっと、運命を変えに来た誰かだったんだ、きっとそうだ」
村長さんがかがんで、ぼやけた顔が私の目の前に来ました。
にっこりと笑っているように見えます。
「ミアン、明日の朝、私は皆に預言が外れたと伝えるよ、君はもう家に帰って寝なさい」
声が出なくて返事ができなかったので、首を大きく振って答えました。
「セーシュ君、君は私の家に泊まっていくと良い、明日皆に紹介したいからね」
そう言って、村長さんは私を送り出してくれました。
泣きながら家に帰って、布団に入って、いつの間にか意識は夢の中に居ました。
きっとそのせいなのでしょう。
変な夢を見たのです。
酷くて悲しい、本当に変な夢でした。
牢屋の中に何かが居る風景を見ました。
その何かはきっと元々は人だったのでしょう。
でも腕が無くて、切り落とされたような跡がありました。
足も同じような状態でした。
顔は焼かれていて、目も鼻も無く、ずっと歯を食いしばっているような顔でした。
その体は傷だらけで、杭のような物が何本も突き刺さっているのに、全く血が流れていません。
酷い姿のそれは、けれどまだ生きているようで苦しそうに呼吸をしていました。
そして、首から鎖で掛けられた木の看板に文字が書いてあったのです。
『騎士を騙り、人心を惑わし、神に逆らった大罪人ミアン』
私です。
私なのです。
酷い姿をしたそれは、紛れもなく私なのだと、理解してしまいました。
それを理解してしまった瞬間から全身が酷く痛みます。
顔がびりびりとしびれて、うまく息ができません。
手足の感覚が無くなって、それなのに無いはずの手足が痛むのです。
何も考えられなくなる程にいたいです。
だれか、たすけて。
らくにしてほしい。
ころして。
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