私の邂逅

 酷く寝苦しくて飛び起きて、私はぜえぜえと浅い呼吸を何度も繰り返します。

 表がまだ真っ暗なことに気付いて大きく深呼吸しました。

 肌寒いくらいの気温なのに汗が噴き出しています。

 焚火の近くに居た時みたいに、体中が熱くなっていました。

 喉がカラカラに乾いていたので、水を飲むために表に出ました。

 表に出ると汗が冷えて、思わず身震いしてしまいます。

 私は瓶の中の水を飲んでふうっと息を吐いて、空を見上げました。

 きらきらと光る星が散らばっている中に月が二つ見えて、今日は何週目だっけなんてぼんやりと考えていました。

 だから後ろから近づくモノに気付けず、髪の毛を引っ張られて転んでしまったのです。


「いったぁ……」


 お尻を思いっきり地面に打ち付けてしまって立ち上がれないでいると、髪の毛を引っ張ったモノが私の前に現れました。


「ひっ」


 意図せず声を上げてしまいました。

 だって、それほどまでに気持ちが悪かったのです。

 今まで一度も本物を見たことは無いけれど、きっとこれが魔物なのだと理解できました。

 頭の中の本能ともいえそうな部分が必死で逃げろと命令をしてくるような感覚です。

 なのに体が全く言う事を聞きません。

 動かそうとしてもガタガタと震えるばかり。

 その間にも魔物は私を見て叫びながら手に持った棒を振り上げます。

 棒が振り下ろされて思わず目を閉じて腕を前に出すと、ぐしゃっと嫌な音が鳴りました。

 続いて体の底が冷えるような痛みと、お腹の中身が飛び出しそうな吐き気。

 恐る恐る目を開ければ、普段は曲がらないはずの場所が折れた腕が見えました。

 叫び声すら上げることもできません。

 ただ痛くて怖くて、この状況を何とかしようとも思い浮かばずに、目を閉じて二撃目を待つばかりです。

 けれども何も起きません。

 それどころか声を掛けられました。


「お、おい……しっかりしろよ……」


 知らない男の人の声で目を開けると、腕を抑えながら心配そうに私の顔を覗き込む人が居ました。

 その人は私が目を開けたのを確認してどこか安心したような顔をした後、周りをきょろきょろと見渡します。


「あぁまったく、もういないよな……?」


 よく見ると男の人は血塗れです。

 もしかして魔物退治をしてくれたのでしょうか。

 目が覚めているはずなのに夢の中に居るような感覚で、ぼうっとその人を見ていると腕がずきんと痛みました。


「痛!?」


 私と男の人がほぼ同時に叫びます。

 腕が後ろに居る誰かに掴まれています。


「わかりますか、腕が折れています」


 とても落ち着いていて優しそうな女の子の声が後ろから聞こえました。

 後ろを振り向きたいけれど、腕が痛くてそれどころじゃありません。


「私が触っているここの部分、熱を持って腫れています、このまま放っておけば骨がずれてくっつきますね」


 後ろの女の子は怖いことを言いながら、私の腕をずっと触っています。

 見えている手は真っ白できれいな手なのに、触られている感触がとても気持ちの悪い感じです。

 金属みたいに固いのに腐った果実のように柔らかい、そんな感覚が肌を這い回っているのです。


「あ、あなた達、なんなんですか……?」


 とても怪しい人たちだけど、魔物を退治してくれた人たちに強く当たるわけにもいかなくて、私は上ずった声でそう聞きました。

 でも男の人は何も答えてくれなくて、ずっと私の後ろに居る女の子に視線を向けているようです。

 暗くてよくわかりませんが、何かを怖がっているような表情になっている気がします。

 その時女の子が私の腕の腫れた部分を覆い隠すように、何本もの腕で力強く握りしめてきたのです。


「ひぃっ!?」


 怖くて振り払おうとしましたが、腕がピクリとも動きません。

 どんどんと腕が私に群がってきて、怖くて目を瞑ってしまいます。

 ぞわぞわするような触られている感触と、何かが体の中から抜け落ちるような感覚がずっと続いています。


「大丈夫ですよ、危害は加えていません」


 その言葉の直後に腕が私から離れていって、私は浅い呼吸を何度も繰り返しながら目を開けました。

 星空のような瞳の女の子が、私のすぐ目の前に立っていました。

 足をぴったりと揃えて背筋を伸ばして、手をお腹の前で揃えて私を見下ろして、にっこりと微笑んでいます。

 とってもきれいで上品そうな女の子なのに、どうしてかさっきの魔物よりも恐ろしく感じるのです。


「こんばんは、魔物に襲われるなんて運が悪かったですね」


 私に手を差し出す女の子を見て、ようやく私が地面に座り込んでいることを思い出しました。

 呼吸を整えながら女の子の手を取って立ち上がり、服に着いた土を手で払い落としました。

 立ち上がってしまえばなんてことのない私より小さな可愛らしい女の子。

 そんな子が私を見つめる視線が酷く粘ついていて気持ち悪く感じられるのです。

 私を助けてくれた男の人が、どこか怯えの混じった表情で周りを見渡しています。

 どうしてか女の子に視線を向けないようにしているようにも思えます。


「あっ、えっと……助けてくれて、ありがとうございます」


 なんだか不思議なことが数多く起きていて頭がごちゃごちゃして、とにかくお礼を言わなきゃいけないと思った私は、女の子と男の人にそれぞれ頭を下げてお礼を言いました。

 男の人は一瞬目を大きく開いて驚いたようでしたが、すぐに私から目を離してまたきょろきょろと周りを警戒し続けました。

 女の子は相変わらず私を見つめています。

 私を飲み込んで消し去ってしまいそうな瞳に覗かれて、自分がどんどんと薄れていくような感覚になります。


「お礼ならばこちらのセーシュさんへ、彼がある程度は殲滅しましたので」


 そう言いながら女の子が指で男の人を指し示して、男の人はとてもびっくりしています。


「お、おい怪物……ある程度ってなんだよ……」


 セーシュさんと呼ばれた男の人はできる限り女の子から離れられるように身を引きながら、震える声で聞き返します。

 セーシュさんが怪物と言ったのが少し気になりましたが、ずっと不思議なことが起きていて私の感覚も変になっていたのか、理由を聞こうとは思いませんでした。

 本当に、疑問にも思わなかったのです。


「こちらの村に襲い掛かっている脅威がありますね、もちろん殲滅します」


 話しながら女の子はゆっくりとセーシュさんの方へ振り返ります。

 セーシュさんの顔がこの暗さでもわかるぐらいに青褪めて、腰に下げた短剣をぐっと握り締めていました。


「いい反応です、ではこちらの子をお任せしますね」


 怖がるセーシュさんを置いて、女の子がふっと目の前から居なくなりました。

 動いた気配なんてありません。

 本当にその場から急に消えたのです。


「ま、任せるってなんだよ、おい!」


 セーシュさんが大きな声を上げますが、返事はありませんでした。

 ただ虫の鳴き声だけが夜空に響いています。

 髪の毛をかき乱して呻き声をあげながら、セーシュさんが私に近づいてきます。


「あー……えっと、とりあえず話の出来そうな人のいる場所に案内、頼める?」


 そう言って私の前に立つセーシュさん。

 少しずつ血の気の戻ってきた顔には、なんだか複雑そうな表情が浮かんでいます。


「え、あ……はい」


 断る理由も意味も無く、私はセーシュさんを村長さんの家に案内するために歩き始めます。

 女の子がどこへ消えたのかだけが気がかりですが、なんだか悪い予感はしませんでした。

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