04
――季節は夏になり、今日も眩しい陽射しが降り注ぐ。
大学生は一般的に8月から9月にかけて休みがあり、うちの学校もそれは同じだ。
特に9月はお盆なども終わり旅行シーズンではないため、比較的安く旅行することができる。
この時期に旅行できるのも大学生の特権で多くのサークルが合宿に行くのもこの時期だ。
だが、当然生活費を稼がなければいけない
普通の大学生とは違って遊んでなどいられないのだ。
とはいっても、大学が休みになると学生がメインのお客さんである定食屋も休みになるため、何か別のアルバイトを探さなければいけなくなってしまった。
「はぁ、これでしばらく勝負できなくなるかぁ」
よく考えたら、定食屋が休みになると
彼女は別に俺と違ってお金がほしくて働いているわけではないので、きっと友だちたちとどこかに遊びに出かけるのだろう。
少し残念そうにしている張丘を見ていると、なぜだかこっちまで同じ気持ちになってきた。
よく考えたら俺には特別仲のよい人間がいなかった。
挨拶を交わしたり、ちょっとした話し相手くらいならいるが、大学に入ってから一番顔を合わせているのは張丘だ。
入学してから毎日のようにバイトをしているのだから当然といえば当然だが、一度しかない青春時代になんとも寂しい話なのだろうと思うが、それもしょうがない。
貧乏でも大学までいかせてくれた親に感謝だ。
「ねえバイト休みになっちゃうけど、どうするの夏休み?」
「別のバイト探すよ。生活費を稼がなきゃいけないしな」
「ならさ。ちょうどいい仕事があるんだけど、やらない? わたしが頼めば面接も履歴書もいらないし」
どうやら張丘も夏休みはバイトをして過ごすようだ。
しかもコネがあるようで、俺にとってこの誘いはわざわざ仕事を探す手間が省ける。
当然、張丘の誘いに甘えさせてもらうことにした。
大学と定食屋の休みが終わるまでの約一ヶ月間、彼女と一緒に住み込みバイトをすることに決めた。
「やってくれるの!? よかった! あなたなら即戦力として使えそうだから助かるよ。それで仕事内容なんだけど」
てっきりリゾートバイトか何かだと思ったが、仕事先は張丘の実家だった。
なんでも彼女の実家は飲食店をやっているようで、この夏休みの時期は旅行客で賑わうので大変らしい。
張丘の実家が飲食店というのはとても納得できた。
だから彼女は料理で俺に張り合っていたのだと。
張丘は和食が得意そうだったので、実家は和風居酒屋か創作料理のお店だと思ったが――。
「ここだよ、ここ。日本料理 張丘」
とんでもなく大きな高級料亭だった。
今にして考えれば思い当たるふしはある。
張丘は大学内でもちょっと浮いた存在で、世間に疎いところがあった。
勉強も運動もできるタイプではあったが、定食屋でも常識がないところがいくつか見られた。
料理研究サークルに入ったのも実家の影響だろう。
どうやら彼女は、老舗料亭のお嬢様だったようだ。
店の格式ある出入り口から中に入ると、そこには着物姿の女性や
皆、丁寧に頭を下げながら張丘の名を呼び、笑みを浮かべている。
俺は慣れない仰々しい挨拶に面を食らい、たじたじになりながら頭を下げ返した。
「ただいま、みんな。あれ? おじいちゃんは? うん、わかった。よし、じゃあ行くよ」
張丘は出迎えてくれた人たちに簡単に挨拶を返すと、俺の手を取って駆けだした。
戸惑っていた俺はされるがまま彼女に連れて行かれ、ある部屋に連れて行かれた。
「ただいまおじいちゃん」
そこには布団で横になっていた老人がいた。
その様子からして病人のようだったが、張丘がおじいちゃんと呼んでいるのと、その鋭い眼光からすぐに彼女の家族だと理解する。
「帰ったか、
「無理しないでいいよ。それよりも手伝える人を連れてきたよ」
張丘の祖父は、ゴホゴホと咳き込みながら身体を起こすと、俺のことを睨むように見てきた。
そのあまりの威圧感に、ただでさえ怯んでいた俺はさらに委縮してしまう。
「大学の奴か。使えるんだろうな?」
「うん。細かいことならわたしよりもね。とりあえず雑用なら問題ないと思う」
「そうか。まあ、おまえがそう言うならそうなんだろう。好きにしろ。明日から現場は任すぞ」
それから二人はいろいろと話していたが、ろくに会話の内容は覚えていない。
気が付けば寝泊まりする部屋へと連れて行かれ、呆けている俺に張丘が声をかけてくる。
「よし、じゃあこの部屋は好きに使っていいから、明日から頼むね。トイレと風呂はあとで場所を教えるよ」
「……お前の実家って料亭だったんだな。役に立てるのか、俺なんかで?」
引きつった顔で自信なさげに訊ねた俺に、張丘はニッコリと微笑む。
その笑顔は、大学でも定食屋でも見せたことにない自然な笑顔だった。
とても子どもにからかわれていた不器用な笑顔ではない。
「あなたなら大丈夫。だってわたしに勝った男だもん」
実家に戻ったせいか、張丘がいつもより無邪気に見えた。
これからのことを考えると不安しかない。
いくら料理が得意だといっても、いきなり高級料亭で働けるものなのか。
こちとら定食屋での仕事しか経験がないんだぞ。
「なに、緊張してんの? そんなタイプじゃないでしょ、あなたは。ほら、みんなに改めて紹介したいから早く来て」
だが、それでもそんな彼女の笑みを見ると、なんだか強張った体がほぐれていく気がした。
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