03

――それから張丘はりおかおれは、店の定休日である日曜日以外は毎日顔を合わせた。


元々サークルでのオリジナル料理勝負からつきまとってきていたので、気に留めるようなことではなかったが。


アルバイトとはいえ、上京してから唯一のプライベートといえる職場に、彼女がいることがなんだか不思議な気分だった。


それと、張丘が定食屋で働き出したことに不安を覚えていたのを察したのか。


店長と奥さんが、心配ないと簡単な店の経営状況を話してくれた。


二人が営むこの定食屋は、趣味でやっているようなものなので、最初から利益を考えてやっているものではないらしい。


なんでも若い頃に購入した不動産収入があるようで、今の売り上げからアルバイトをひとり雇っても、さして店の運営には影響はないようだ。


そのことで店が潰れる心配は消えたわけだが、今一番困っていることは――。


「さあ勝負よ! 今日は豚の生姜焼き!」


店の休憩時間に行われるようになった張丘との料理勝負だ。


どちらがより店の味に近いものを作れるかというよくわからない勝負で、今のところ俺の全勝であり、張丘は負ける度に喚くので面倒でしかない。


いくら悔しがろうが、勝敗は当然と言えば当然の結果だ。


俺はこの定食屋で、張丘よりも何ヶ月も先に店長の料理に触れていたのだから勝って当たり前といえる。


だが、それでも納得がいかない彼女は、諦めることなく勝負を挑んでくる。


店長と奥さんは困っている俺と、意気込んでいる張丘のことを見るのが楽しいようで、喜んで審査員を買って出た。


最近ではお客さんたちも面白がって、わざわざ俺と彼女が休憩の時に店に来る人も増えているという状況だ。


ちなみに材料費は張丘の給料から引いているようで……。


そうまでして勝ちたいのかと呆れてしまう。


時間と金の無駄でしかないと思うのだが、張丘にとって、料理で負けることは許されないんだそうだ。


「じゃあ、あとは任せるぞ」


「何かあったら連絡ちょうだいね」


そんな日々が続き――。


店長と奥さんは、俺たちに店を任せて出かけることが増えた。


老後も夫婦仲が円満なのは大変よろしいことだが、アルバイトの立場からすると仕事が多くなるので困る。


何よりも、張丘と二人っきりというのが一番辛い。


調理に関してはさすがというべきか、初日から戦力になっていたが、いかんせん接客が下手すぎた。


彼女は「ご注文は?」と訊きながら笑顔も作れず、たまに来る子どもの客にも無表情で敬語を使う。


丁寧なのは良いことだが、その態度に怖がって、しまいには泣いてしまう子までいた。


張丘自身は子どもが苦手というわけではないようだが、フォローするこっちとしては余計な仕事でしかない。


「今日は雨ね。お客さんも少なそう。こういうときは勝負を――」


「しないからな、絶対」


さらにお客さんが少ない日は、隙あらば料理勝負をしようとするのも面倒でしょうがない。


一応、無理にしなくていいとは言いつつ、もう少し優しい感じで接客するようには伝えたのだが――。


「フフフ。いらっしゃいませ。ご注文はなんでしょうか? フフフ」


愛想笑いが嘲笑ちょうしょうにしか見えないので、多くのお客さんに畏怖いふを抱かせる結果となった。


それでも張丘なりに努力しているのは伝わったようで、最近では彼女のぎこちない笑みを見ると、お客さんも子どもも笑うようになっていた。


たしかに、なんとか笑顔を作ろうとしているのに、あんな表情しかできないとわかると笑える。


どんだけ不器用なんだよ、って誰でも思わず声を漏らしてしまうのもわかる。


「何がおかしいの? 料理しながら笑っちゃってさ」


「いや、張丘が頑張ってるなと」


「なにそれ? バカにしてんの?」


ムッと眉間みけんしわを寄せた彼女に、俺は謝った。


こうやって話してみてわかったが、彼女はとても純粋というか単純な性格をしている。


最初に顔を合わせたときは、もっと冷たい印象だった。


愛美あいびお姉ちゃん、笑うのヘタすぎ」


「えッ!? そ、そんなはずはッ!? だって毎日練習しているしッ!?」


張丘がまた子どもに笑顔を指摘され、動揺を隠しきれないでいた。


発言から察するに、本人にも自覚があったのだろう。


それにしても、笑顔の練習って一体どんなことをするんだ?


「ちょっとなにボケッとしてんの? 注文よ。わたしがチキン南蛮定食を作るから、あなたはからあげ定食をお願いね」


子ども連れのおじいさんの席から戻って来た張丘は、それぞれなんの料理を作るかを指示し、冷蔵庫から鶏肉を取り出していた。


「メニューは違えどこれも勝負。どっちの料理が喜ばれるか、そいつで勝敗を決める!」


「仕事中は止めろよ……」


「いいじゃないの、別に。美味しいものを作るってことには変わりないんだしさ」


そう言って微笑んだ彼女を見た俺は、なんだ自然に笑えるんじゃないかと思った。

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