変わることを嫌う彼らが、その時のそのままを切り取ってしまうものに焼きつくのを好むとは思えない。

 シャッターを切るたびフィルムに焼きつくのは空であり、海、そして人気の無くなった旧都市の朽ちたビル群。決して同じ風景ではないその時の景色であったとしても同じ空であり、海、そして人工物。だからこそ、カメラをくれた老人の死に顔を取った写真はチカゲの宝となっていた。

「変わることを常としていた貴方にとって、一番の変化を迎えたのはあの頃。でも、変化しない毎日に飽きもしていたでしょう? 人を撮りたい、動きあるものをこのカメラで時を永遠にとどめてしまいたい……、貴方の願望こそ私をこの世界に形として留めさせた二つ目の強い思い」

 耳に響く彼女の声に、チカゲは言葉を発することなく黙ったまま。

 決して誰にも告げたことの無い思い、望んではいけない思い、確かにそれを強く、強く思っていた。人を撮りたいと。目の前で変化していく時を丸ごと、そのまま切り撮って留めてしまいたいと。

「私が幻ではなく現としてここに存在できたのは二つの強烈な想いと思いが発現し融合したから。誰であるといえない理由が分かってもらえた? そして、何者でもないけれど何者でもありえることも」

 彼女がそういってチカゲのそばから離れると、チカゲの隣からは小さな堪え笑いが湧き上がる。

「現だと? そのような存在でよくも言えた物だ。私の想いでその姿形を得、そして奴の思いで存在できると? それのどこが現なのか」

 ドルフィネは天を仰いで、小さな声を更に大きくして笑い、そして頬に涙を流した。

「結局、私の想いは夢であり、幻のままではないか」

「ドルフィネ……」

「分かっていた、そうだ、私は分かっていたし理解していた。頭の中では。死人が生き返るなどありはしない。眠っているだけ、そう思いながらも娘の体を生きているときのまま保存しようと躍起になっている。時が経つのがこれほど嫌になったことは無い。希望だったんだ、チカゲ、お前の写真が私の希望だった」

 影の支配者といわれ、おそらくどんな汚いこともやってのけてきたであろう男の口から希望という言葉が漏れ出し、チカゲは思わずカメラを握りしめる。

 ぼんやりと天井を眺めるドルフィネの体はとても小さく見え、口の端に浮かび上がる微笑みも、涙でぬれた頬も、威厳という言葉とは程遠い。

 それこそ、力の無い、ただ死を恐れながらも待つしかない人の様。

(俺があんな写真をとりさえしなければ、ドルフィネに希望は生まれなかった。いや、カメラを使おうとしなければこんなことにはならなかったのかもしれない。もしかすると、自分がドルフィネをここまで追い込んでしまったのか)

「別に貴方のせいじゃないわ」

「え?」

「時は……、流れていくもの。人も同じ、死は平等に訪れる。世界で何よりも最も平等で、かならず叶う望み、それは死よ」

 ちらりと視線に、考え込み手に持ったカメラを見つめるチカゲを映しながら淡々と彼女は話し始めた。

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