「さっきも言ったけど、私は貴方のジュリアじゃないわ。誰と確実に示せない存在、それが私だから。でも、この姿は貴方の娘、ジュリアの姿。私がジュリアの、貴方の娘の姿をしているのは貴方のせいなのよ」

「わ、私の?」

 訳が分からず首をかしげたドルフィネから視線を移し、彼女はチカゲを見つめる。

「チカゲ、私はね、本当ならば姿形を持たない」

「姿を持たない?」

「そう、私は人々の想いをただ、受け止めるだけの存在だから。心の中の思いや想いを形にすることはできないでしょ? それと同じ。それを受け取っているだけの存在の私はその形を成すことは出来ないの」

 彼女はゆっくりチカゲに近づき、そっとカメラに手を置いて、視線をドルフィネへと向けた。

「世界は、人間は、自然に流れる時に身を任せることを拒んだ。自らによって作り、そして作り出されたありえない速度の変化の中に人々は身を置く。それと同時に人の心の思いもまた、ころころと面白いほどに変わってしまう。目まぐるしく変わる思いと想い。留まるということを知らない思いを受け続けていた私はもう少しで壊れてしまうところまで来ていた。ううん、壊れるというと違うわね、形は無いんだもの。消滅といったほうがいいかもしれないわ。そんな時よ、強烈でどんなに早く時が移り変わろうと変わることの無い想いと思いが世界に満ち始めたのは」

「強烈な……、想い」

「流れ行く時間の中で決して薄れることなく、時が経てば経つほどその想いは強くなり、さらに現れたもう一つの変わらぬ思いと重なりあった時、私は世界に姿を現すことになった」

 彼女の話を静かに聞いていたドルフィネは、希望が全て打ち砕かれたことを知り、肩を落とし視線を彼女から座り込んでいる床に移して呟く。

「……そうか、私のせいというのはそういうことだったのか。君はジュリアではないんだな」

「えぇ、私はジュリアではない、貴方のジュリアを失いたくないという強い想いが作り出したジュリア。そして、チカゲ、貴方の思いで私はここに存在している」

「俺の……、思い」

「このカメラで人を撮りたいという貴方の思い」

 そっと耳元でささやかれるその言葉にチカゲはどきんと心臓を鳴らす。

 カメラを手にしてから、チカゲがそのフィルムに焼き付けてきたものといえば誰もいない景色のみ。カメラという存在を人に知られてはならないということもあったが、きっと、モデルを頼んだとしても誰もが逃げるだろうと思っていたからだった。

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