3
「あの人はきっとあの時の言葉通りに生きるつもりだろうな。それまでは決して俺を許さない」
幼いころから家族や人との繋がりというものが薄かったチカゲには分からなかった。強く結ばれた絆というものはいくら時が過ぎようとも変わることは無いのだということを。そして、今少しだけその思いが変わることの無いものだということに気付く。
ゆっくりと立ち上がり、受話器を手に取る。相変わらずのだみ声に暫く話しをしてチカゲは電話を切った。
蒼穹の空が少しずつ白く、そして茜色に変わって行く。
そっと、カメラを構えて、目の前に広がる大きな空にピントを合わせればふわりと彼女が現れた。
それはいつものことであったが、チカゲにとって今日というこの日はいつもとは違う日。
「また変わったの?」
「変わらされたんだよ。好きで変わってるわけじゃない」
「そうかしら?」
くすくすといつも通りに笑う彼女の姿にチカゲは息が出来ないほどに胸が苦しくなっていくのを感じていた。
「聞きたいことがあるんだ」
胸の苦しさが限界に達する前にことを終わらせてしまおうと、チカゲは彼女をファインダーに捕らえながら呟く。
「聞きたいことって、私が一体何者かってこと?」
「え? ど、どうして」
言葉を発する前に彼女がそう言い、チカゲは思わずカメラを下ろして彼女を見た。
「だって、貴方はいつだってそういう顔をしてたから。私にしてみればどうしてって言われるほうがどうしてって思うわ。それに、こんな存在、いつその質問をされてもおかしくないもの」
「そう、だね。うまくかわしているつもりだったけど、見抜かれてたわけだ。じゃぁ、改めて、君は一体何者だい?」
「私は私、それ以外の何者でもあるけれど、何者にもなりえない存在よ」
微笑みながら言う彼女の言葉にチカゲは首を横に振る。
「それは俺の問いかけに対する答えになってないよ。分かった、何者だと問うからいけないんだな。まだ聞いてなかった、君の名前を知りたい」
「……無いわ」
暫くの沈黙の後、彼女が言えばチカゲの後ろにある隣の部屋のドア向こうで物音が響く。
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