背中でドアが閉められた音と幾重にもかけられていく鍵の音が響き静かになって、チカゲは相変わらず厳重にジェラルミンの箱に入れられたカメラを取り出す。

「始まりがあれば終わりがある。それは知っていたことだ。終わらせるか気づかぬ振りを続けるかの違いでしかない」

 レンズカバーを取り、ただ、手にカメラを携えたまま、ベッドに腰掛け、小さくしかし長く胸の奥につかえている何かを吐き出すような息を吐いた。

 今回の場所は壁一面が窓ガラスで開放感はこの上ない、彼女が好きな空と海、そして自然に流れる景色が一望できる場所。

 人気が無くなり、チカゲはすぐにファインダーを覗く。

「前と場所が違うね、ここは海も空も見えて素敵」

 微笑む彼女の表情に、そして何よりも彼女の存在にチカゲはもうこのまま囚われの身でいてもかまわないのではないかと思っていた。

 監視幽閉されているといっても不自由は無く、好きなときに好きなカメラを構えることが出来、そして彼女がそばにいる。チカゲは世間で言う罪人であるにもかかわらず、甘い環境に酔っておぼれていた。

 頭の隅には聞かなきゃいけない、言わなきゃいけないことがあるのは分かっていたが、彼女の笑顔を見るとそれに蓋をする。例え一つのフィルムが終わるその間だけでも彼女との逢瀬はチカゲにとって無くてはならないものになっていた。

 故に、彼女が現れ会話をし、そして捕まえること無く、再び彼女に会う。そんな日々をいたずらに過ごしていたのだ。

 彼女が消え、一人になった空間でチカゲは大きなため息を付きながらベッドに仰向けに横になる。

「……聞いてしまえば多分、今のままというわけには行かなくなるだろうな。でも、そろそろ限界か。あの人も頑固でしつこいな」

 この世界の人間は変わるのを喜びとする、法律も政治も何もかもがめまぐるしく変わって行く。だからチカゲは少しだけ期待していた。

「いつか、あの人もきっと忘れ、変わっていくだろう」

 と。

 しかし、どれだけの時が流れようとも週一回、必ずドルフィネから連絡が入る。

「どうだ、彼女を捕まえることは出来たのか」

 変わることの無いその質問にチカゲは「いいや、まだ」と変わることなく返事をしていた。

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