囚人。
1
そうして始まったチカゲの生活。
つい先日変わったばかりだったはずなのに、再び引っ越すことになった。年々一つの場所に留まる期間が短くなっていくことに、チカゲは人々の変化の速度が加速しているのだろうとため息を漏らす。
「入れ」
殺人、強盗、恐喝、多数の犯罪がある。
そのどれにも当てはまらないチカゲだが、傍から見ていれば、どれだけの罪を犯した人物だろう? と、その様子を見た人間に噂話をされそうなほど厳重に、幾重にも手錠を、そしてがっちりと周りを固められ、チカゲの輸送は行われる。
「人を殺したわけでもないのにたいそうな。しかも、俺は逃げないって分かってるだろう」
「黙れ、我々とてお前のような人物の輸送など誰がすすんでやっているものか。命令でなければこんなこと」
「そんなに俺は凶悪かい?」
笑顔で質問してくるチカゲに男は視線を合わせることなく「当たり前だろう」と呟く。
チカゲを輸送する責任者はその時々で変わった。それがどういう意味なのか、輸送される本人も十分分かっていたが、同じ人物で無い限りチカゲは同じ質問を別の人物に投げかける。
「残念だな、アンタもか」
答える人物が違っても質問に返ってくる答えは同じ。
同じ答えが用意されているわけではない問いなのにも関わらず同じ答えが返ってきた。
分かっているのに質問せずにはいられないのは違う答えが聞きたいからなのかもしれないとチカゲは一人口の端に笑みを浮かべる。
「へぇ、今度の処もなかなかの見晴らしだ。窓が広いのが良い」
「暢気なものだな。お前のためにドルフィネ様がどれだけ苦労されているのかも知らず」
「ドルフィネ様? もしかしてアンタ、ドルフィネ付の人?」
「……あぁ、そうだ。私の主人は政府ではない、ドルフィネ様だ」
ぎりっと憎しみにも似た視線でにらみつけてくる男にチカゲは小さくため息をついた。
チカゲの態度に男の眉尻は痙攣し、チカゲに殴りかかりたい気持ちを抑え、拳を握り締める。自らの怒りを抑えるように瞳を閉じていた男はゆっくり瞼を開き、小さく言葉を吐き出した。
「すでに政府は、世間はお前の存在など忘れてしまっている」
「……それは知らなかったな。では、どうして俺はいまだにこうして収監されなきゃならない? 忘れられることはすなわち無罪と変わらないはずじゃなかったかな。それとも、また法律が変わったのか?」
「ドルフィネ様が覚えているからだ。お前に与えられる食料やそのほかの物の資金は一体どこから出ていると思う? すべてドルフィネ様が出しておられるのだぞ。この場所を確保するのも全て。貴様が捕まってから長い年月がたった、ドルフィネ様も体調が優れない、なのに、貴様は暢気に!」
「あの人も頑固だな」
「貴様!」
「そう怒るなよ、分かってる、分かってるさ……」
チカゲはゆっくり大きな窓に向かって歩きながらそういって、じっと窓から蒼穹を眺める。
それ以上何かを言うわけでも行動するわけでもなくなったチカゲの姿に男はくっと歯を食いしばり事務的にことをこなして帰って行った。
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