10
巻き取り音が聞こえなくなったカメラを手に、ゆっくりと立ち上がったチカゲはこの生活になってから初めて、外への電話の受話器を手に取った。
「そちらからとは珍しいな……。捕まえたのか?」
「アンタも相変わらずだな。一言目にそれか。まずは挨拶じゃないのか?」
「貴様だと分かっている電話に出るのに何の挨拶がいる。その様子だと捕まえてはいないようだな。用件は何だ」
「捕まえてはいないが、彼女が現れた」
「何! 本当か!」
「あぁ、だが、彼女が言うにはこの場所は息苦しくて来たくないそうだ。場所を変えてくれ」
「本当にそう言ったのか?」
「信じたくないなら良い。彼女に会えないだけだ」
「このドルフィネを脅迫する気か? 貴様も相変わらずだな」
「脅迫じゃないさ、真実を言っているに過ぎない。場所を変えないならそれでも俺はかまわない。不便はしてないからね。ただ、彼女が来ないだけ」
「……分かった、場所を探そう」
「出来れば、空が良く見える開放的な場所にしてくれ。今と同じような場所では彼女は来ようとはしてくれない」
「善処しよう」
ため息と、やりきれないような語尾を残して電話は切れる。
ドルフィネにしてみれば藁に縋る思いであったが、若造にいいようにあしらわれているのはどんな状況であろうとも気に食わないのかもしれない。
受話器を戻したチカゲは振り返って窓の外を眺める。真っ赤な夕日が差し込んでいたはずの庭もすでに暗く、窓に近づけば、まだ空は明るさを残していてチカゲは大きく息を吸い込み吐き出した。
「本当に、なんて息苦しい場所だ」
彼女が現れることが無かった数ヶ月、チカゲはこの場所を息苦しいとも何とも思っていなかった。
ただ、淡々と日々をすごし、同じことを繰り返す毎日。つまらないと思ったことはあったが息苦しいとは思わなかった。
しかし、彼女が現れそして彼女が息苦しい場所だと言った途端、チカゲにとってもこの場所は息苦しく沈んだ場所に思えてくる。
そんな自分の気持ちの身勝手さに少々苦笑いをし、チカゲはカメラの手入れと現像をし始めた。
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