舞い降りてきた彼女はチカゲの隣に腰掛けて頭を肩に預ける。柔らかいブロンドの髪の毛が顔にかかれば優しい香りが鼻をくすぐる。

「久しぶりだね」

 チカゲの声に彼女は頷いた。

 会話はいつもチカゲだけが喋り、彼女は表情だけで返事をしてくる。

 今日もまた、同じようにただチカゲが喋るだけかと思った瞬間、鈴のように澄んだ声があたりに響いた。

「貴方が撮りたいと心から願わなかったから現れることができなかったのよ」

「そうなのか? 君を撮りたいと想っていたんだけどな」

「嘘つきは嫌いよ。貴方は今の今まで私が現れなければいいと心の隅で考えていたくせに。でも、どうしてこんな所にいるの? ここはとても息苦しいわ」

「君のせいだって言ったら?」

「私の? どうして?」

 きょとんとした表情にチカゲは首を振り、それ以上何も言わずに彼女と美しい夕焼けを眺める。

「もっと早く、お喋りしたかったな。ずっと、言葉は喋れないのかと思ってた」

「言葉が必要だった? 私は必要じゃなかったわ」

「じゃ、今は必要ってこと?」

「だって、貴方は今とっても嘘つきだもの。言葉は気持ちを伝える手段の一つだけど、気持ちを隠す手段でもあるわ。だから今は喋るのよ」

 彼女は優しい笑みを向けながらも少し鋭い視線をチカゲに投げ、チカゲは瞳を閉じて小さく深呼吸をするように息を吐き出した。

「そう、じゃぁ、ずっと俺は嘘をつき続けようかな。そうすればずっと君と喋ってられるわけだ」

 チカゲの言葉と笑顔に彼女の顔は見る間に夕日よりも赤くなり、その愛しさにカシャリとチカゲがシャッターを切れば、そっと地面をけって、ふわりと宙に浮かぶ。

「やっと現れたと思ったらもう行くの?」

「だって、今の一枚でそのフィルムは終わりでしょ。私が貴方のそばにいられるのはそのカメラに入れられたフィルムで撮影できる、貴方がシャッターをきれる間だけ。気付いてなかったの?」

「あぁ、そうだったのか。今まで気にしたことなかったから。じゃぁ、明日は新しいフィルムを入れて君と長い時間居れるようにしておこう。きてくれるんだろう?」

「……ここは何だか嫌。閉鎖されていて、高い塀のせいで空も少ししか見えなくて息苦しいわ」

「でも俺はここから離れられないからなぁ。そうだな、楽しくない場所に来てもらっても楽しくないな。無理してきてくれなくて良いよ。でもこれで最後って言う訳じゃないだろう?」

「えぇ、私を望んだのは貴方達だからそれはないわ。じゃ、またね、チカゲ」

「あぁ、またね」

 ここから離れることが出来ない、そのチカゲの言葉に何故か彼女は暗い影を落とし、寂しげに空気に溶けるように消えていった。

 そして、チカゲはそんな彼女が最後に口にした言葉に少し気を止めながら、撮り終わったフィルムが巻き取られる音を聞き、ちらりと部屋においてある電話機を眺める。

 自分で自由に何処かの誰かと電話をすることの出来ない電話機。しかし、その電話機の受話器をとれば唯一つながっている場所に電話が出来る。それはドルフィネ。

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