チカゲはその音を聞きながら玄関へと行き、相変わらず不必要なジェラルミンケースに仕舞われたカメラを抱えて、ソファーのあるリビングへと戻る。

 カメラを手にしながら、思い出されるのはドルフィネの言葉。

「その娘が我が娘かどうか、それは会ってみなければわからないが、私は娘だと信じている。お前の罪状は我が娘の時をそのカメラで奪ったこと。確かに私はその類の話しを信じてはいない。しかし、現にこうして写っている事実がある。万が一、罪状通り、お前が娘の時を奪ったのであれば、それは娘の時だけではなく、私の生きがいをも奪ったことになるのだ。貴様が、貴様の罪を許されるのは娘の時を取り戻した時、つまりは私の生きがいを再び私の手に戻した時のみと心するが良い」

 都市伝説のような、事実が確認されない事を信じないはずのドルフィネが唯一つの望みにすがりついているようで、チカゲも頷くだけでそれ以上何も言えずにいた。

「あのドルフィネも結局は人の親って所か」

 チカゲがその屋敷に住み始めて暫く、彼女は幾らファインダーを覗いても現れてくれなくなった。

 いつもと違う隔離されたこの空間にやってくるのを嫌がったのだろうか。彼女が現れることもなく、自然に流れる遥か広がる景色があるわけでもない場所ではカメラを触ることも少なくなる。

 外界に行けば彼女が現れるかもしれないと外の様子を気にするようになったチカゲの耳に届いたのは自分の噂。

 ご法度のカメラを扱うチカゲはそのカメラで人を撮るだけで時を止めてしまい、いずれその者に死が訪れるというのだ。

 馬鹿馬鹿しい噂。

 しかし、「噂」というものは嘘であろうと無かろうと、その背景がより真に満ちていれば「真実」となる。

 ドルフィネの娘と言うことは伏せられていたが、彼女のことが報じられ、更に会ったこともない連中の有りもしない証言がそれを真実へと押し上げていった。

 変わる事が常と言いながらその本質が全く変わってないことに気付かない人間にチカゲはため息すら出ず、塀の中であきれ果てる。

 真実のない作られて真実に苛立ちが起こることもなかった。

 「本当」は何なのか、それは実際に自らがその立場にならなければ分からないものとチカゲはよく知っていた。

 そうして、その噂すら素早く流されていく時の中で埋もれ、日々変わり続けながらも、本質変わらない外の様子を伺うのにも飽き飽きしていた頃、赤い夕焼けが綺麗に思えてカメラを手にとってファインダーを覗く。

 久しぶりに撮りたいと思って覗いたファインダーに彼女が現れ、チカゲは優しく微笑んで彼女から目を話すこと無くカメラを下ろした。

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