頬を叩かれ目を覚ましたチカゲはゆっくりと辺りをみわたし、そこが地上ではないと悟る。

「やっと目を覚ましたか、犯罪者」

 聞いたことのある声が発せられた方を見つめれば、数人の護衛をつけて大きな椅子に腰掛けるドルフィネがいた。

 褐色の肌にスキンヘッド、黒いサングラスが威圧感を更に高めている。

「さすが影の支配者。それらしい風貌と雰囲気だな」

「貴様のその物言い、嫌いじゃないぞ」

 口角を上げたドルフィネが片手で辺りを払えば、静かに護衛がその場所から居なくなった。

 体に半分かかったままの麻袋から抜け出し、大きく伸びをしたチカゲは微動だにせず存在しているドルフィネのほうに歩いていく。

「いいのか? こんな犯罪者と二人きりになって」

「お前ごときを恐れているようでは『影の支配者』は名乗れぬわ」

 ドルフィネは決して瞳をチカゲから離さぬようにしながら小さく息を漏らすように笑った。

 それほど大きく踏み出しているわけではないのに辺りには自分の靴音が響き、この部屋がかなり密閉された空間だと感じさせる。

「アンタ、こんな辛気臭い所に住んでいるのか?」

「私はここには住んでいない。ここは人が住む場所でも存在する場所でもないからな」

「ふぅん、ここは何処だ?」

「処刑室。罪人を一度に何人も旅立たせてやることの出来る場所。といっても一度も使われたことはないがな」

「この世界で死刑は名ばかりだからな。ってことは俺が第一号ってわけか。たしか世間では天国の牢獄とか言われてるんだっけ。命名通りの印象だな。真っ白で光が無いのに輝いているようで天国と錯覚するけれどその実は死への入り口」

「フン、この色が天国に見えるとは世間の連中もおめでたい」

「アンタには見えないってのか?」

「白い色は一見清らかで神々しく感じるがそれは今までの人々が作り上げた幻想だ。白ほど汚れやすい物は無い」

「あぁ、そういわれてみればそうだな。染まりやすく汚れやすい」

「黒はその点、何者にも影響されない」

「その代わり、黒は何者も取り込んで見えなく、いや、見せなくしてしまう」

 ドルフィネの言葉に微笑みを浮かべながら言葉を重ねたチカゲにドルフィネの眉がピクリと動く。

(この男、娘と同じことを……)

 チカゲの言葉の一つ一つが自分の娘が自分に発してきた嫌味の言葉とだぶり、ドルフィネはチカゲを観察するように眺めた。

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