得体のしれない者を見るかのように役人は怯え、ゆっくりと後ずさる。

「私にとっては死は死であり、違いはないのだがな」

「アンタの価値観なんて聞いてないよ。それにそんな事はどうでもいい、俺がアンタと話したいのはカメラのことだ。保管してくれるなら俺はアンタの言うことなんでも聞いてやるよ。死ねっていうなら死んでもいい」

「貴様はどうしてそこまでカメラに固執する?」

「じゃぁ、アンタはどうしてカメラを壊すことに固執する?」

「問うているのは私だ。貴様が答えれば私も答えてやろう」

「そうかい。俺はカメラを愛している。決して変わる事のない、俺の見た俺だけの刻を止めることのできるこの機械を愛して止まないのさ。愛する人を殺せっていわれて、どうぞっていう恋人はいないだろう?」

「なるほど、貴様は正しいわけではないことをさも正しいかのように言う天才だな。……そうだな、いいだろう、その場の責任者に代われ」

「俺の要求の答えを聞いてないけど」

「貴様にいう必要はない。私の気が変わらないうちに代わった方が良いと思うがな」

 笑うドルフィネにやれやれと、傍でじりじりと後ずさっていこうとしている役人にインカムを返せば、男は恐る恐る手を出して受け取り、スピーカーをオフにしてドルフィネと話し始めた。

 瞳が泳ぎ「しかし」と口篭ったのち、眉間の皺を深く刻んで了承の言葉を口にし通信を切る。

 腕を組んで話が終わるのを待っていたチカゲの方を向いて嫌そうな顔でカメラを見つめた。

「サルビィア様から了承が得られた。カメラは保管しよう。それと、サルビィア様はお前をご所望だ。連行させてもらう」

「ドルフィネのところに? 俺、殺されちゃうのかな?」

 にっこり微笑んで聞いてくるチカゲに答えることなく、男はチカゲの手首と足首に枷をはめて腕に注射する。

「これは?」

「暫くの間、眠ってもらう。サルビィア様は敵が多いからな」

「場所の漏洩を防ぐ為ってわけか。そこまでして守ってやるような男とは思わないけどね」

 そういって、チカゲはぼんやりとしてくる頭で自分が入れられるだろう大きな麻袋を眺めた。

「おとなしく従って眠ってやるんだ、カメラを壊すなよ、それと俺を殺すなよ」

 バタリと床に倒れこんだチカゲを袋に詰めるように命令した役人はその袋を自分の車の後部座席に乗せ、他の隊員とは別の方向へと走り始める。

「……殺されても構わないと言ったかと思えば殺すなという。あのようなものまで持っているし、この男、訳が分からん」

 バックミラーに映る麻袋を見つめながら役人は呟いた。

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