ドルフィネ。
1
通信機の向こうから熊の唸り声のように低いだみ声が聞こえてくる。
「なんだ? 任務完了か」
「い、いえ、実は……、容疑者が我々にカメラの保管の条件を提示してきまして」
「カメラを保管? 何を言っている、処分しろと命令したはずだが」
「そ、それはそうなんですが」
口ごもって、挙動不審になる役人にチカゲはハァとため息をついて手を伸ばした。
不意にチカゲの手が伸びてきたことに驚き体を揺らした役人だったが、通信機のインカムをよこせと指を動かすチカゲに黙って通信機を渡す。
「どうした、命令遂行しろ」
「それは聞けないみたいだけど」
「……貴様、日向チカゲか」
「あぁ、アンタがコイツの上官?」
「アンタではない、私の名はサルビィア・ドルフィネだ」
チカゲはその名前に聞き覚えがあった。
ドルフィネはこの世界の有力者の一人。政府にも顔がきく。いや、きくというよりも政府を裏から動かしていると言った方がいい存在だった。
それはこの世界に住む誰もが知っているが、誰も口にしないこと。
「これはこれは、まさか、影の支配者ドルフィネさんが俺を捕まえようとしているとは思わなかったな」
「お、おい! そんな事を言って……」
チカゲの言葉に驚いたのは傍に居た役人。ただでさえ冷や汗をかいていたのに今度は心臓が止まりそうになって更に早く鼓動し始める。笑顔を向けてくるチカゲの唇を見つめながら次にどんな言葉が飛び出すのかと、役人の瞳はゆるゆると泳いだ。
「そんなことを言えば俺は消されるとか? かまわないさ、俺はいつ何時、命が無くなっても良いように毎日を送っている」
役人に対して答えるチカゲの言葉に通信機の向こうのドルフィネが小さく息を漏らしながら笑う。
「ほう、面白い奴だ。殺されても構わないというのか?」
「かまわなくはないさ。ただ、殺されても未練は無いといってるだけだ」
「私には同じに聞こえるが。つまりは命が無くなっても良いということだろう」
「自ら望んで死ぬこと、逃げることもかなわず殺されること、それは同じ死でも違うだろう? そういうことだよ」
(な、何なんだ。この日向という男は。サルビィア様に対して恐れるどころか笑って話したうえに死んでもいいと?)
目の前でまるで友人と接しているかのように笑顔を浮かべて話すチカゲの姿に、役人は背筋が寒くなっていくのを感じていた。
誰もが皆、ドルフィネの名前を出しただけで怯え、笑顔など浮かぶことは無い。なのに、目の前のチカゲは笑顔でドルフィネと会話しているのだ。
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