辺りがざわつき、一箇所を取り囲むように人垣が出来上がっている。

「何だ、どうした?」

「あ、あの、例の物が出てきたんですが」

「例の物?」

 役人がしり込みしている軍服の連中を掻き分けて入っていけば、そこにはよく手入れされて黒く美しく輝くカメラが一台、箱に三種類のレンズと一緒に納められていた。

 遠巻きにカメラを取り囲む連中の中に割って入ったチカゲはゆっくりとカメラを手に取りファインダーを覗く。

「き、貴様、何をしている!」

「何? 何をしているように見える?」

「そ、そのカメラを放せ」

「そんなにこれが怖いのかい? 見てみろ、美しい時を永遠にこの中に閉じ込めて、これを見ることで何時でも情景を思い出せる。自分勝手に都合よく改変されること無く、薄ぼけていくことも無く、亡くなった人ですらこの場所に生き、そしてそれと同時に自分の中の記憶によみがえる」

「変わることが我々の常だ。このように留めるなど、虫唾が走るわ」

「街を変え、自分の体を変え、記憶を変え……。己を見失ってまで変化することに何の意味がある?」

「煩い! 貴様の戯言を聞いている暇は無い。お前達、さっさと奴からカメラを取り上げろ!」

 役人の命令に軍服を着た連中は恐怖に足がすくみながらも銃を構え、じりじりとチカゲに近づいていく。

 その銃の標準がカメラに向けられていると分かったチカゲは役人にファインダーを向けた。

「一つだけお願いしていいかな?」

「お願い? お願いしている姿というよりは、脅迫しているように見せるが」

「じゃ、脅迫ってことで。カメラを渡す代わりに、カメラを壊さないと約束して欲しい」

「その脅迫には頷けんな。カメラは処分対象、それこそが我々の任務だ」

「任務ね、どうやらアンタの上にまだ誰か居るようだ。OK、それじゃ、その人に約束させてくれるかな」

「貴様、自分の立場を分かっているのか?」

「うん、十分すぎるほどに。だから『お願い』って言ったんだけど」

 ジッと自分に向けられるカメラのレンズに役人は冷や汗を一筋、額から首に流す。

 ピントを合わせるためにレンズが右へ左へ動く、その動きすら役人にとっては恐怖となっていた。

 無言の静かな数秒の時間が何分にも何時間にも感じられ、役人は震える手で胸のポケットに入っている人差し指程度の小さな通信機を取り出し通信を始める。

「あ、演技されるのは嫌だな。通信内容は俺にも聞こえるようにしてくれると助かるんだけど」

 ニッコリとカメラの向こうから微笑みを浮かべたチカゲの言葉を睨みつけるようにした役人。しかし、自分を捉えて離さないレンズの動きに唇を噛み締め、通信機のボタンを押して話の内容があたりに聞こえるようにスピーカーに変更した。

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