彼女。

 日々、取り憑かれた様にシャッターをきりつづけていたチカゲだったが、捕まるのはごめんだと決して人のこない場所、そしてその場所でも人が居ないことを確認してカメラを使っていたため、法律に反するチカゲの行為が誰かに見つかることも、ばれることも無い。

 チカゲは用心深く、そして頭も良い。動く人のその瞬間をとどめてみたいという思いがないわけではなかったが、それがどれだけ危険な行為かはよくわかっていたし、何よりおかしな法律に縛られて捕まり刑を受けるなど馬鹿のすることだと注意を払っていた。

 では何故今チカゲは囚われ人となっているのか。数ヶ月に一度場所を変えられながら幽閉されることになったきっかけはチカゲが撮った一枚の写真が原因だった。

 

 街は変化し続ける。古いものは取り残される。

 チカゲがカメラを手にして数年、相変わらず変わり続ける世界の中で、チカゲは今日も一瞬の空間を切り取って居た。

 世界の流れとは違う時間を持ってゆるやかに自然のまま流れている風景。

 寂れた街のはずれで、チカゲは自然の流れの中に身をおきつづけていた。

 不自然に早く流れ続ける街の風景よりも、こちらの取り残されたような風景をチカゲは好んだ。もちろん、それが罪であるが故に人から遠ざかっての行為でもあったわけだが。

 いつものように首都から離れ、すでに首都ではなくなった廃墟の中でシャッターを切っていたチカゲの目の前にふわりとまるで妖精のように女が舞い降りてきた。

「人? ま、まずい……。事も無いのか?」

 一瞬、チカゲの心臓は跳ね上がり、緊張が体を硬直させていたが、目の前に舞い降りた女はふわりふわりと柔らかなドレスの布を空気に舞わせて舞い踊る。

 チカゲを見つけて叫ぶでもなく踊り続けるその様子は、チカゲに私を撮ってといっているようで、逃げようとしていた足を止め、チカゲはファインダーを覗いた。

 自然に流れ、人々に忘れ去られてしまったこの街を楽しむように舞い踊る彼女の姿にチカゲは魅了される。

 細くしなやかに揺れる指先、軽やかに地面を蹴る足先、太陽の光に輝き踊るさらりと長いブロンドの髪の毛。全てが美しく、淡い桜色に透ける薄い生地のドレスすら、彼女の体の一部となっているようだった。

 彼女の体が、彼女の髪の毛が揺れ動くたび、チカゲのシャッターは押される。彼女の動きの一分一秒を、写真の中に時を留めようとするシャッター音が忘れられた町中に響き渡った。

 たった一瞬のその時間はチカゲのカメラの中で数十枚と言う「時」となって留まる。ひとしきりシャッターを押して、フィルムがなくなり巻き戻る音の中がして、チカゲは一瞬彼女から目を離した。

 次のフィルムを入れてカメラを構えた時にはすでにその場に彼女の姿はなく、チカゲは夢でも見ていたのかと暫くぼんやりとその場に座り込む。

 夢ではなかったのだとわかるのは撮ってきたフィルムを現像した時。

 確かにそこにはあの時のあの瞬間が切り取られていた。

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