フィルムというものが必要だといっていた老人の言葉の通り、画像を残すためにはフィルムが必要で、フィルムが無ければこの黒い物体は意味を成さない。それが分かったチカゲは箱の中に残っていたフィルムの一つを分析することから始めた。

 首都が移動してもこの街の施設は暫く稼動している。変化することが常となっているおかげで街中には公共の研究施設等がそろい、十分すぎる最新機器がそこにはあった。

「はぁ、首都移動って言うのは凄いな。まるで誰も居ない、貸しきり状態だ。ま、事情が事情なだけにその方が都合がいいけど」

 チカゲは無人となった施設でフィルムの構成について調べ、そして独自にフィルムを作り出す。

 元々の素材があればそれを復元するのはチカゲにとって容易なこと。今度は何時、フィルムが作れるかわからないとチカゲは作れるだけのフィルムを作って、それを例の老人から鍵を預かったあの場所に保管した。

 現在出回っているデジタルとは違い、フィルムカメラの構造は少々ややこしく、フィルムに焼き付けた画像を紙媒体として残すにはそれなりの手順がある様子。フィルムを作り上げたチカゲは現像という作業をするべくカメラについて調べだす。

 公共の図書館ではカメラに関する要項は危険な物として扱われており、閲覧することも出来ない。だが、厳重に保管された資料をこじ開けるのではなく、普通に閲覧することはチカゲにとって難しいことではない。

 優秀であるがゆえ、チカゲは国民としての特典をいくつも有していた。

「まさか、こんなことで役に立つ日が来るとは思わなかったな」 

 無人の施設の中でクスクスと笑いながら作業をし、ついでにと中央政府の重要書類も覗いて必要な情報を手に入れた。

 自宅に帰り、数多くの資料を並べ、試行錯誤する。

 そして数週間経った時、ある程度自分の思ったとおりにカメラを動かすことが出来、フィルムに焼き付けた画像を紙媒体に起こすことも出来るようになった。

 チカゲはカメラを手に人が居なくなった街中を、そして誰も居ない海辺や森をフィルムに焼き付けていく。

 カメラでの出来をチカゲは何度と無く老人に見せに行き老人もまた、それが楽しみとなっていたが、チカゲが一番の出来と思う海の写真を見せに行ったその日、その老人はこの世界から旅立った。

 チカゲの中に深い悲しみと共に、今の老人をカメラに留めておきたいという想いが沸き起こり、思わずその安らかな死に顔を写真におさめていた。

 それからだった、チカゲの中にカメラでただ、画像を撮るというのではなく、このカメラはその瞬間瞬間を留めておくことのできる素晴らしい物と言う認識が生まれ、チカゲはカメラに今まで以上にのめりこんでいく。

 時を切り取り、そして永遠にその時を変わらずそこにとどめておくことのできるカメラ。そのカメラの素晴らしさに飲まれれば飲まれるほど、チカゲは今の世界に違和感を覚えていった。

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