カメラ。
1
その日も太陽が燦々と照り、変わらない毎日を人々が変化のある毎日に変えようとしていた。チカゲが生まれて何回目かの首都移動の日。
チカゲはお祝いムードに騒がしい町の中心部から離れ、外れにあるすでに人々が退去した住宅にやってきていた。何をするわけでもなく住宅街を歩いていた時、ふいに後ろから声をかけられ、誰も居ないと思っていたチカゲは驚いて振り返った。
腰の曲がった皺だらけの顔をした老人がそこには居て、チカゲは少々警戒しながら聞く。
「あの、俺に何か用?」
「まぁ、用がなければ呼び止めたりはせんわな」
「そりゃそうだけど。アンタ誰? 知らない人に何かを言われるようなことしてないと思うけど」
「そうかな?」
老人は歯と口の僅かな間から空気を漏れ出させるように笑い、老人とは思えぬほど鋭い力のある瞳をチカゲに向けた。
「君はどうしてここへ? ここはもう廃墟になるしかない場所、人々が捨てた街なのに」
「どうしてって、別に何か目的があるわけじゃないから答えようが無いよ。ただ、今日は騒がしくて、静かな所を探してきたらここに来ただけ」
「ほぅ、それは珍しい。街中が首都移転に沸いているというのにそれが騒がしくて嫌だとは」
「それは俺だけじゃなくて、おじいさんもじゃないの? どうしてここにいるの?」
「わしの理由は明確だぞ。新しい都市に移るのが面倒だからだ」
「なんだ、単に面倒くさがりなだけじゃないか」
「そういう少年も集団行動が出来ないだけだろうに」
「失礼だな、集団行動は出来るけど、今日はそんな気分じゃ無かったって言うだけだよ。でも、俺はともかく、いい大人が良いの? 首都移転の日にこんな所でブラブラしてて」
「別に移るように強制されているわけじゃない。移らなかったからといって何かしらの罰則があるわけでもない。皆が移るから移ることが当然になっているだけだ。わしはここで最後を迎えると決めた、だから移ることはしない」
老人の言い分は変わることが当然だと思っていたチカゲには首をかしげる内容だった。
「じゃぁな、少年は早く移転するといい。人がごっそり居なくなった街はもう生きていないも同然、朽ちるのが早くなる。わし同様にな」
「……用事があったんじゃないの?」
「あったぞ、こんな日に一番騒がしく喜んでいそうな歳の少年が、この町で何をしているのかと気になったという用事がな」
怪しげに小さく笑った老人は、しわくちゃな顔にまだ鋭く光っている視線をチカゲに向けて去っていく。力なく、片足を引きずるようにして杖をついて歩いていく老人から発せられた瞳の光。それは朽ちると言いながらも朽ちる気の無い今という時間を生きている瞳に見えた。
あまりにも印象的な老人。
チカゲの足は知らないうちに老人を追いかけていた。
追いかけて老人を呼び止めればいいのに、何故かチカゲは老人の数歩後ろを追いかける。
老人が足を引きずりやってきたのはゴミ集積所。こんな場所に何の用があるのだろうとチカゲは立ち止まった老人の後ろにある塀に隠れ見つめていた。
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