しかし、チカゲは違う。チカゲが裁かれた法は変化し続ける中であっても決して変わらぬ法律。

 つまり、チカゲが無罪となることは決して無いのだ。

 そうであるにも関わらず、チカゲの刑は執行されることなく、ただの囚われ人となって言われるままに何を求めるわけでもない遊牧を繰り返す。

 刑を執行されること無く、多少の不便はあるものの、不満はあまりなく、少年から青年へと成長を遂げたチカゲ。

 世界が世界として機能していた時代であれば僅かな数人でもその状態をおかしく思い「何故なのか」と追求しようとするものや疑問に思うものがいただろう。

 だが、現在の世界にそれを疑問に思うものは一人として居ない。なぜなら都市で過ごしている人々は常に移り変わる世界に身をおいていて、過去の見知らぬ少年が犯した小さなの出来事など覚えているものは居ないからだ。

 身内というものが全くいないチカゲ。恐らく「チカゲ」という人物が存在したと覚えているものは皆無といっていいだろう。

 それ程に世界は変化を求め、変化を続けているのだ。

 引越しのたびに現れるある程度の事情を知っている上官、彼ですらチカゲがどのような内容の刑を科せられているか等、詳しい内容を把握してはおらず、ただ、凶悪な囚人の移動する理由を知っているに過ぎない。

 チカゲはつまらなさそうに庭から戻り、与えられた何も無い殺風景な部屋で唯一ある布団に倒れこんだ。

「今日は全くおもしろくないし、楽しくないな。疲れただけだ」

 大きなため息を布団に染み込ませたチカゲに、その場に居る上官よりも更に偉そうにしている軍服の男が一人、近寄って囁くように聞く。

「それで、捕まえたのか?」

「捕まえてたらあんたが現れたときに会ってるはずでしょ。部屋の中に俺以外に誰か居たかい? 俺にしか会ってないんだから捕まえているわけが無い」

 囁かれるその言葉に少しの苦笑いを含ませて、黒目だけを軍人に向けて言い放つチカゲ。

 移転作業が終わりに近づけば聞かれる同じいつもの質問に、チカゲもまた同じ答えを返す。

 それはチカゲにとって何度聞かれてもそう答えることしか出来ない当然の事だった。

「またか。まぁ良い、次までに必ず捕まえておけ」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて言う軍人に、片方の口角を引き上げながらまんじりとチカゲは軍人を見つめる。

「俺も大変だけど、あんた等も大変だね」

「のうのうと、不自由のない生活をしている貴様が大変だと? どの口がいうのか。それにさっさと貴様が捕まえてしまえば済む話だろう」

「それが出来るんだったらとっくにやってるよ。出来ないからのうのうと不自由の中で暮らしてるんだ」

「無駄口を叩く暇があれば捕まえることに専念しろ」

 罵り合いのような会話であってもチカゲは楽しそうに笑顔を浮かべて話し、その様子に軍人は眉間にしわを寄せつつ顔を背ける。

 用事は終わったと言わんばかりに出ていこうとする軍人にチカゲはそういえばと思い出したように背中に向かって言葉を投げかけた。

「ところで、俺のカメラは?」

「……あぁ、そうだったな」

 チカゲのカメラという言葉に軍人の片眉が引き上げられ、ゆがんで小さく開いた口からは嫌味な舌打ちが聞こえてくる。

 軍人が外に通じるドアに向かって「持って来い」と叫べば、数人の男が円陣を組むように現れ、ひどく重たそうに円陣の真ん中に位置するものを床に置いた。

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