チカゲ。

 4度の大きな自然災害に見舞われ、人類といえる連中はそこいらの植物よりも数が減り、はるかに広がる地表がありながらも、その人数を増やすことはしなかった。

 大きな自然に翻弄される続けた、己の小ささを身にしみて分かった人々は、今、自分自身が生きることに夢中であり精一杯で先に広がるであろう未来を見ようとはしていない。

 そして、未来どころか人々はありのまま、己の通ってきた過去すらも振り返ることもしなくなってしまった。

 この星の規模に比べればありえないほどに小数に入る、都市一個分程度の人々。未来も過去も現実を見ようとしない彼らが求めたものは今現在の「変化」。

 世界は変化し続ける。

 其れは当然のことであり、必然であった。

 種が芽を出し、葉を出しながら上へ上へと伸び上がりやがて大きな大木となって、最後には中身の無い枯れた本体だけが取り残される。

 しかし、そこには再び新たな菌糸が根付き変換しながら生は紡がれて行く。当たり前の光景であり、星の寿命に比べればほんの僅かな時間の出来事。

 そしてその僅かな時間、植物たちよりもはるかに短い生の時間を生きる人間は、他の変化し続けるものよりも、よりすばやく確実な変化を求めてしまった。

 そう、人々は自然に逆らうほどの変化を求めたのだ。

 留まる事を知らない街、同じことを嫌う人間の世界。

 それは自らの顔を変化させることから始まり、生活、街、都市。挙句の果ては国の行く末までもがころころと、坂道を転がるビー玉のように変化した。

 外見は勿論のこと、その人の中に存在する価値観や、何が良いのか悪いのかという、善悪すらも変化し続けたのだった。

 こう無くてはならないという道徳が変化すれば、社会の秩序を維持するための指針も変化する。

 1年ほど前までは無罪だったことが有罪に、有罪だったことが無罪になることも少なくない。

 刑務所が満員御礼の時があるかと思えば、無罪放免釈放となって吐き出されることもしばしば。

 ゆえに、律などあってないに等しいものだったが、唯一つ、変化し続ける世界に変わらずある律が在った。

「決して変化を留めてはいけない」

 移り変わることが当然のこの街では珍しく、この法律は改正される事なくずっと居座った。

 居座り続けた法律だが、人々にとって変わって行く事、変化することが日常で、その法律によって裁かれる者は居ない、はずだった。

 太陽がその存在を主張し、誰もがその眩しさに太陽から目を背けていたある日。とても小さなニュースが流れる。

「初めて不変の法律によって裁かれた少年、有罪判決」

 誰の目にも留まることが無かったそのニュースの中心人物、少年の名は日向チカゲといった。彼の罪はもちろん、変化を留めてしまったということ。

 この世界では変化が良い事だとは決まっていないし、留まる事が悪い事だとも決まっていない。

 しかし、留めてしまう事は駄目だと決められている。

 そう、彼は自身が変化を止めたわけではない、変化していくものをある物に留めてしまった。

 そして、彼は決してそれを手放そうとはしなかった、ゆえに罰せられることとなったのだ。

 それから何年経ったのか、少年だったチカゲはすでに青年となっていた。

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