被写体。

御手洗孝

序。

 全ては狂った世界の中にあるようで、狂っていることそのものが当然の理となれば、狂っていることが普通である世界となるようだ。


 ドアのベルが高らかに、人が尋ねてきたのだと知らせる。

 廃墟の一角。崩れたコンクリート。

 久しぶりに出す声。

「……開いてるよ」

 いつも通りの時間。

 いつも通りの部屋。

 いつも通りの自分……。

 違うのは外界へのドアが開いた事。

「やぁ、君は新顔だね」

「無駄口を叩くな。この場所も今日が期限だ」

「あぁ、そう……」

 敷きっぱなしの布団。

 脱ぎっぱなしの服。

 出しっぱなしのお茶。

 廃墟の中のゴミ溜め。

「出ろ」

「OK」

 きしむ床。

 舞い上がる埃。

 倒れる空き缶。

 床に描かれる長い影。

「あぁ、そうだ」

「なんだ?」

「カメラを……、忘れてた」

「貴様が持つな。それは我々が」

 散乱するフィルム。

 音を立てるネガ。

 放り出された写真。

 そして、磨かれたカメラ。

「くそ、こんなカメラの何処がいいのか」

「デジタルは嘘つきだからね」

「無駄口をたたくな、行くぞ」

 かけられる手錠。

 引かれる腕。

 押される背中。

 久しぶりの太陽。


 そう、俺は捕らわれ人。

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