第9話
扉をノックする音で目を覚ます。誰かが保健室を訪ねてきたようだ。
「具合はどうですか?」
知らない女子生徒が、カーテン越しに少しだけ中を覗きながら尋ねてくる。
「誰?」
寝起きのよく回っていない頭で、今のは失礼だったかもしれないとぼんやり考えていると、声の主はベッドの傍に立っていた。
「1年A組の保健委員になりました、渡瀬です。調子はどうですか、水原さん。」
こちらの顔をじーっと見つめる保健委員に背を向けるように寝返りを打つ。
「見せ物じゃないのですが。」
「っ!すいません。」
落ち着かない視線を泳がせる彼女を尻目に、身支度を整えてから再び対面する。
「体調ならまあまあです。それで、保健委員さんがどうしたのですか?」
「その、午前中先生に頼まれて様子を見に来たのと、水原さんの保健委員就任をお知らせに。」
どうやら寝ている間に、クラスの方でいない人間の人事采配も行っていたらしい。
「ちなみに保健委員とは何をするのですか?」
「体調を崩したり、怪我をした生徒の付き添いで保健室に来たり、保健の先生の手伝いをしたりじゃないですか?」
自分が1番お世話になりそうな係に、自らが就いている矛盾に頭を悩ませながら聞いてみる。
「私、役に立たないですし、迷惑を掛けるかもしれませんよ?」
「大丈夫ですよ。そんなに忙しくない係らしいですし、私が頑張りますから。」
言外に戦力外通知をされるが関係ない。あと優しい。
「お名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
思わず保健委員の同僚に問いかける。
「そういえば名乗っていませんでしたね。渡瀬美波です。よろしくお願いします。」
美波さんの目を見る。淡い、揺らぎの目。彼女の片手を両手で包み、見上げる。
「私は水原光です。高校生活で初めてお友達ができました。これからよろしくお願いしますね、美波さん。」
照れ笑いする美波さんの退室を見送ると、さっきまで空気みたいだった養護教諭がニヤけた面で話しかけてくる。
「女優ね、君があんな顔をするなんて。」
保健室を根城にするのに、いつまでも彼女に対して、苦手意識を持っているのは精神衛生上よろしくない。
「私だって人間です。相手によって態度くらいは変えますよ。」
「それにしてもさっきのは君、恋する乙女みたいだったわよ。」
恋する乙女とかいう面白パワーワードに眉間をピクリとさせたが、この養護教諭に弱気な態度を見せる訳にはいかない。
「見ず知らずの他人とはいえ、お互い名乗った上で、縋られ、頼られれば無碍には扱えないでしょう。私には今、良き隣人が必要なんです。」
「怖いわ。それに揺さぶったのは彼女の友愛だけかしら。」
こちらに背を向けている様で、しっかりと観察をしていた彼女は本当に嫌な大人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます