第6話
家の前で文香さんと一度別れてから、建物の裏手に回る。
表は患者さんの出入り口であり、関係者は裏口を使うのだ。心の中で小さくただいまと挨拶をしてドアを開けると、文音さんが職員休憩室で休んでいる最中だった。
「お帰りなさい、光さん。入学式で倒れたと聞いて、紫音さんも凄く心配していましたよ。」
「文音さんにも心配を掛けたね。文香さんもいたし大丈夫だったよ。お母さんには後で」
後で伝えるから今は大丈夫と制止する前にパタパタと休憩室を出て母を呼びに行ってしまった。
「光ちゃんっ、大丈夫なの?」
しばらくしてから白衣を着た母が血相を変えて休憩室に飛び込んでくる。
大丈夫だよと母を宥めながら、手短に今日の出来事を2人に伝える。母が仕事を放り出して休憩室に来ているのではないかと、気が気でなかった。
「大事に至らなくてよかったわ。高校デビューで張り切っちゃうのもわかるけど無理は禁物よ。」
身体のあちこちをやたらとペタペタと触れてくる母を文音さんに託し、早々に3階の自宅スペースに引き上げさせてもらう。今日の入学式に際して無理をしたつもりは全くない。文香さんに"必要"と言われた写真を撮る為に、日陰とはいえ少し気温が高い外で立って並んだだけ、本当にただそれだけだった。
リビングで文香さんから出されている宿題をしばらくやっていると、母と文音さん、文香さんの3人が下の階から上がってくる。
「光ちゃん、お勉強?」
「うん。」
「文香が家庭教師になってからあまり成績が上がっていないみたいだけれど、大丈夫なのかしら?」
「そんな事ないよ。中学の時も結構保健室登校みたいな感じだったけど、成績を保てたのは文香さんのおかげだよ。」
「そうですか?それならいいのですが。」
文音さんは納得しているのか、していないのか曖昧に微笑んだ。
「光ちゃんはお勉強が苦手なのによく頑張っているわ。」
そう言いながら母は私の頭を撫でる。
「ありがとう、お母さん。文香さんに見てもらってるし、せめて成績を落とさないぐらいには頑張らないと。」
笑いながら答えると母は満足げに頷いた。
「これから文音とご飯の用意をするから、文香ちゃんと待っててちょうだいね。」
台所に去って行く2人を見送りながら、遠目に見ていた文香さんが近づいてきた。
「あなたも大変ですね。」
「ごめんね、文香さん。私のせいで成果出てないみたいで。」
文香さんが耳元で囁く。
「今度のテストで満点でも取ってきたらどうですか?」
ギョッとして台所の方を確認し、文香さんの耳元で返す。
「駄目だよ、それは望まれてない。」
「そうですか。」
彼女は対面に座って大学の課題らしき物を広げながら、いつもの定型文を口にする。
「わからないところがあったらいつでも質問して下さい。」
「はーい。」
基本的に丸付けをするだけの置物と化した彼女との、この勉強の時間は毎日の欠かせない日課だ。
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