第5話
「これじゃあ使用人みたい。」
私の隣を歩きながら日傘を持つ彼女を見上げる。
「あながち間違ってはいませんよ。私はあなたの家庭教師なんですから。」
彼女の目を覗き込むが、真意を読み取れない漆黒の瞳から直ぐに目を逸らして問いかける。
「それだけ?」
「それだけ、とは?」
「文香さんはお金に困ってる訳じゃないでしょ。大学生のアルバイトにしては、随分と私に時間を割いてくれるじゃん。これって時間外労働なんじゃないの?」
「確かに今日は時間外労働ですね。ですが生徒のケアも立派な仕事の一環ですよ。開業医の子の家庭教師なんて割の良いアルバイトは他にそうそう見つかりません。それに雇用主の紫音さんは将来の就職先を用意してくれるのですから、しっかりと働かなくてはなりませんね。」
「へー、そうなんだ。」
少し不貞腐れてみると、隣を歩く文香さんとは逆方向の肩に手を乗せられて、思わず立ち止まる。
「と、言うのは理由の半分で、もう半分は今朝話しましたよね。」
頭に?マークを浮かべていると文香さんは続ける。
「私はあなたの進学を心から嬉しく思っているのですよ。これは妹の成長を見守る姉の様な気持ちでしょうか。少し可愛くないところもありますが、それもまた一興というものでしょう。」
最後の一言は余計なお世話だと思いながら、心が温まるのを感じる。私が体調を崩したせいか、彼女にしてはとても柔らかい口調だった。
「文香さんは意外と優しいよね。」
「そうですか?」
「そうだよ。入学式に来ない家族の誰よりも、ね。」
文香さんは何も答えない。お互いが歩みを再開した直後、良いことを思い付いた。
「文香さん。」
「どうしましたか?」
「今度また、私の靴下をあげるね。」
彼女は本当に驚いた顔をして立ち止まり、数秒後に溜息を吐いた。
「あなたが売女になってしまわないか心配になってきました。」
「えー、酷い。」
いるともいらないとも言わない彼女の腕にぶら下がりながら、入学式の日、入学式に出席せず帰路に着いた。
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