第4話

「あの養護教諭は変態ですね。」

消毒を終えてから保健室を後にして、文香さんは開口一番に言い放った。

「え、急にどうしたの?」

彼女の口から変態なんて言葉が飛び出てくると思っていなかったので、思わず聞き返してしまう。

「言葉通りの意味ですよ。あなたを見る目に尋常ではない何かを感じました。これから度々、保健室へ厄介になるのならば気を付けるべきかもしれませんね。」

文香さんの目を見るが、冗談を言っている様子は感じられない。

「でも別に、下半身に興味を示しませんでしたよ?」

「聡明なあなたのことです。きっと私の助言を聞き入れるでしょう。この話は以上です。」

何を伝えたいのかがよく分からなかったが、学校の廊下で話すことではないのかもしれない。新入生がホームルーム中とはいえ、どこに誰の耳があるのか分からない場所だ。

確か入学式は上履きを持たない新入生や保護者の為に、シートを張った体育館で土足入場だった。しかし今は校舎内で保健室備え付けのスリッパを履いている。

「いつ靴を回収してくれたの?」

「あなたが担架で運ばれた後、保健室の入口に置いてありました。」

「靴、返してくれる?」

「土が落ちるかもしれないので昇降口に着いたら返しますよ。」

やっぱり。

「ストッキング預かってくれてありがとう。ゴミを預けたままじゃ悪いから」

「体調が悪いんですよね、無理しなくても大丈夫ですよ。ゴミくらい私が処分しておきますから。」

「文香さんの方がよっぽど変態みたい。」

「私の行動があなたを困らせましたか?」

少しからかってみたら、ポーカーフェイスを崩さないまま180度論点をずらして問い返された。

「特に。」

「ならばそれが答えです。害があれば問題ですが、無いのならそれは議論する必要すら無い些末な事柄でしかありません。」

本人は気付いているのか分からないが、いつもの彼女と比べて些か早口だ。

「あなたを害する人間を、あの人が側に置くことを許す筈ないでしょう。」

「確かにね。」

話しながら昇降口に到着すると、文香さんは速やかに来客用スリッパを棚に戻し、靴を履いて私の前に屈む。

「やっぱり好きじゃん。」

彼女は黙って私の素足に靴を履かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る