第2話
「あなたのこんな笑顔は久しぶりに見ました。」
教職員に撮ってもらった写真を確認した後の第一声がこれだ。
「笑顔でって言ったのは文香さんでしょ。」
「まあ、いつものふて顔よりはいいですが。」
「普段からふて顔をしているみたいに言わないでよ。そう言われるといつも不貞腐れてるみたいじゃん。」
「表情に乏しいのでふて顔と呼んでいるのですが、違ったのですか。少しからかうといつも不貞腐れてるじゃないですか。」
さりげなく目を見る。
「どこから本気で、どこからからかってるのか分からないんだよ。」
彼女はわざとらしく驚いたという顔をして目を見開く。そして、すぐに元の顔に戻り会話を続ける。
「私は目からだけではなく、会話の端々から言葉のキャッチボールというものを学んで欲しいのですよ。あなたは聡明な子ですが、友人がいないので。」
その言葉には絶句させられたが、流石に言い返さずにはいられなかった。
「いや、お友達がいない訳じゃないんだよ。今はいないかもしれないけど…。」
「動揺し過ぎです。今は、など交際する異性がいない人が見栄を張る常套句じゃないですか。」
そうなのだろうか。実際にお友達と言われるとすぐには名前が出てこない。否、1人いる。
「1人いるし。幼馴染の」
「幼馴染はノーカンですよ。それにしても友人1人でドヤ顔されて、私は悲しいです。」
ハンカチを目尻に添わせて泣きまねをする大学生と高校新入生。側から見たら妹の入学式に感動する姉の図はシスコンっぽくて何か嫌だ。
「からかってる?」
「はい。」
「文香さんの方がスンッて、よくふて顔してる気がする。」
「私はあなたの高校入学をこれでもかと言うほど喜んでいますよ。それこそあなたが赤子の頃から成長を見守ってきましたから。」
敗色濃厚な話題転換に舌を巻きながら歩いていると体育館が見えてきた。
「それでは、私は保護者席の入口に向かうので後ほど。帰る際に連絡を下さい。あぁ、最初のホームルームで友人をつくって一緒に下校しても構いませんよ。」
できるものなら、と悪戯に笑う彼女の目を無視して体育館に入る。新入生は来た者から順に、前の方のパイプ椅子に座っているようだ。
「隣、失礼しますね。」
「あ、あぁ、どうぞ。」
既に座っていた男子に一声掛けてから着席すると、ブレザーのポケットの中身が震える。
流石に式の最中に鳴ると困るので、携帯を取り出して電源を切ろうとした時、メールの着信に気が付く。子供の入学式の日にも忙しく働く母から1通。
(高校入学おめでとう。光ちゃんは体が弱いのだから無理はしないでね。)
携帯の電源を切ってポケットにしまうと、目を閉じて軽く息を吐く。昨日の夜にも同じ様なことを言われた気がする。隣の生徒に何か話し掛けられた様だが、よく聞こえない。耳鳴りの様なものが聞こえて、視界が霞み始める。軽く肩を叩かれた衝撃で世界が揺れて、目前に床が迫るが、咄嗟に腕で頭を守って大地に身を委ねる。もう何も聞こえないし、何も見えない。
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