第30話 エピローグ

 新緑に包まれた世界の中で、一カ所だけ陽光が差し込む場所があった。

 森林の中で木々は自由に成長をしているのに、その場所だけは侵されていない。

 そこに立っているのは石碑。苔が生い茂り風化している事から、長い間誰にも手入れされていない事がわかる。石碑に刻まれた文字は、既に文字の体を成していない。

 そんな石碑の間で、大きなゴブリンと小さなゴブリンが会話をしていた。もちろんその会話は、人間が理解する事ができない。人間にとってはゴブリンが呻き声を上げているようにしか見えないだろう。


「お父さん、これ、なぁに」


 小さなゴブリンは大きなゴブリンの腕を引っ張りながら質問をした。


「ああ、これか。俺も父さんに聞いた話なんだけどな、とある人間のお墓らしい」


 大きなゴブリンは小さなゴブリンの頭を撫でながら答えた。


「なんで人間のお墓なのに、あたし達の住処にあるの?」

「それはな……この人間はなんでも、魔族のために人間と戦い続けたらしいんだ」

「えー、変なの。人間なのに?」

「あんまりよく知らないんだけど、そうらしい」


 大きなゴブリンは頭を掻きながら石碑を見つめている。


「そうなんだー……ねぇ、お父さん。これって何て書いてあるの」


 小さなゴブリンは石碑の溝をなぞりながら訊ねた。


「お父さんも読めないんだ、それは。でも確か、お爺ちゃんから何て書いてあるか教えてもらった事があるような気がするな……ええっと、確か――」

 

 ――『鏖鎧の戦姫』ここに眠る。


「オウガイ? って何?」

「たしか、純白に輝く鎧を纏って、人間であれば一人残らず皆殺しにしていたから、そんな名前がついたらしい」

「へぇー、そうなんだー」

「……それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

「うん!」


 大きなゴブリンは小さなゴブリンと手を繋いで、石碑の前から去って行った。

 誰もいなくなった薄暗い森林の中、石碑にだけ陽光が降り注ぐ。

 照らされた石碑は、新緑に包まれた世界の中で褪せる事なく輝いていた。

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鏖鎧の戦鬼 鍛冶 樹 @kaji_itsuki

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