第29話 意志を継ぐという事(シエル視点)

 “愛してる”と最後の言葉を残して、クライは消えた。

 クライがいた場所の残されていたのは、白銀の鎧と何かの破片。

 鎧は傷一つなく曇りのない光沢で、陽光を反射しながら存在感を示していた。

 クライは言った。あたしに生きろと言った。

 あたしを愛してくれたクライの想いはあたしが継ぐ。

 腕で涙を拭った。気を抜くとまた大洪水になってしまう。

 正直、疲れた。でも、クライの想いは無駄にしない、したくない。

 無惨に殺されるとしても、最後まで生きる事を諦めない。

 あたしには力が足りない。ウェインのような圧倒的な強さも、アモンのような知力も、クライのような胆力も持ち合わせていない。それでも、あたしは生きるんだ。使える物全てを使ってこの場を切り抜けるんだ。

 白銀の鎧に手を触れる。ひんやりとした手触りだが、どこか暖かくもある。


「クライ、使わせてもらうね――《装甲》」


 あたしの身体が光に包まれたかと思うと、鎧兜を装着されていた。

 力が漲って来るのがわかる。そして、契約が刻まれていくのもわかった。


「……一緒に、行こうね」


 鎧の力に、ウェインの置き土産があればこの状況を打破でき――クライの言葉を思い出せ、戦いでは冷静さが非常に重要だと教わっただろう。自惚れが死を招く事を意識しないと守れないなんて、あたしはクライに何を教わっていたんだ。


「すぅ、はぁ……よし」


 一呼吸して心を落ち着かせる。

 完全に冷静というわけじゃないけど、勢いに任せて敵に突っ込んで行ったりはしない。クライの教えは守らなきゃ。

 あたしは窓から繁華街の様子を伺う。魔王軍やアモン、人間も外にはいなさそうだ。

 一度外に出て、まずは王国を脱出しよう。なんて思って屋敷の外に出たのだけど、そんなに簡単にはいかないようだった。


「んっん~、なるほどなるほど! そう来ましたか!」


 屋敷の前には既に黒い翼にねじれた角を持つ悪魔の男、アモンがいた。まったく、不快な声で笑う悪魔だ。

 気付くと、兜の中であのクソ悪魔を睨みつけていた。


「…………」

「無言、ですか。まあいいでしょう。その鎧を手に入れたからといってあなた程度では、私を殺す事なんてできないんですよぉ……馬鹿なガキがっ!」


 そんな挑発には乗ってやらない。

 あたしは拳を握りしめ、戦闘態勢に入る。


「ええ、ええ。先ほどは驚かされましたが、もう終わりにしましょう。時間が勿体ないですからねぇ」

「……ふぅ」


 まさか本当に使う破目になるなんて。

 ウェインの思い通りに動いているって考えると、あんまりいい気分じゃない。でも、使える物は全部使う。というか、もういくつかは使っているんだけど。

 使い方は簡単、魔力を込めて叩きつけるだけ。


「……はっ」


 足に力を込めて、一気に走り出す。


「面倒ですね……《バインドスワンプ》」


 石畳だった地面が泥のように柔らかくなり、足を絡め取ろうとしてくる。

 あたしは急いで地面を蹴って飛び上がった。


「終わりです。《ヘルフレイム》」


 空中で身動きが取れない所を狙われる。

 この鎧の硬さは最高峰だが、熱や音、振動などは防ぐ事が出来ない。だから、火属性の魔法に向かって正面から挑むのは自殺行為だ。鎧は無事でも、中身が丸焦げになってしまうと以前クライが言っていたのは憶えている。

 だから、あたしも遠距離攻撃を実行する。

 兜を脱いで火球へと投げ付けた。兜が火球にぶつかった瞬間、その場で大爆発が起きた。

 辺り一面に粉塵と黒煙が漂う。その中に突っ込むようにあたしは全力で走った。

 そして視界の悪さを利用してアモンへと殴りかかる。が、


「ふむ……そんな攻撃で私に傷を付けられるとでも?」


 殴ろうとした腕を掴まれた。逃れようと腕を動かするが、全く動かない。

 まずい、と思った瞬間には頭を片手で掴まれ、持ち上げられていた。

 必死で頭の手をどけようとアモンの腕を殴るが、手を離す気配はない。


「うぐぅぅぅぅ……ああああああぁぁぁぁ!!」


 頭が割れそうだ。事実割ろうとしているのだろう。

 兜を装備していないという明確な弱点を狙って来ているのだから当然だ。


「んっん~、よい悲鳴ですねぇ! ですが、今は時間が惜しい。終わりにしましょ――」


 狙い通りだ。頭をさらけ出すという原因があったため、アモンは迷わずそこへ食い付いた。

 この密着状態、あの魔法の効果が一番発揮できる距離だ。


「はああああああああぁぁぁぁああああっ!!」


 使い方は簡単、魔力を大量に込めてそのまま叩き込むべし。

 殴ったアモンの腕が光の粒子となって空中に雲散した。


「何を!? 何を何を何を!? どうしてあなたがそれをおおおおおおおおお!?」

 

 アモンは腕から徐々に体が崩壊していっている。

 魔族であれば最後、これを受けたら死への道を一直線に進むしかない。


「ウェインは気付いていた。状況があまりにもウェインにとって好都合だった事に。だから、あいつはあたしに浄化魔法を教えた。まさか、あんなに丁寧に教えてくるとは思わなかったけど」

「ふざけるっなぁ……我ら魔族の悲願がぁ……10年かけてここまで積んで来たと言うのに」


 アモンは体の半分が既に消えていた。


「我ら魔族の悲願……ね。あんただけの想いしかないでしょ? ……さよなら」


 あたしはクライの遺品を回収するために、逃げて来た広場へと戻る事にした。

 その瞬間、背筋に嫌な気配を感じ取れた。慌てて振り返るが、


「ふふふふふ、ふふふ、ははははははははははは!!!!」

「……なに」


 顔しか残っていないアモンは高笑いしている。

 何がおかしいのかあたしにはわからない。死ぬ間際になって頭がおかしくなった、とは感じられないが、


「勝ったつもりでいましたかぁ?」


 五体満足のアモンがあたしを蹴り飛ばした。


「あぐっ!?」

「まさか、まさか、まさかぁ!? 私が浄化魔法の対策をしていないとでもぉ?」


 あたしはすぐに体制を立て直す。鎧のおかげでダメージはほとんどなかった。


「そんな、なんで……」

「いえいえいえ、結構危なかったですがねぇ……どんな攻撃にもやり様はあるって事ですよぉ」

「悪魔がっ!」

「んっん~、そうです悪魔ですとも……ですが、先ほどから解せませんねぇ。どうしてかあなたの未来が全く見えない。まだ、隠し玉があるようですね、先ほどのウェインの遺産のような、ね」

「……っ!」


 隠し玉があるのは事実。だが、どう使えばいいかわからないのも事実だ。

 一応は持っているだけで、アモンの未来予知を無効化できているようだけど。


「ですが、これではどうでしょうかねぇ《ヘルフレイムピラー》」


 黒い炎が地面から何本も湧き上がる。

 無数の炎柱が襲い掛かって来るが、何とか安全地帯を探して避ける。だが、避けた先にもその先にも炎柱が待ち構える。


「まだ、死ねないんだからっ! 今死んだらっ、クライに笑われちゃう! もうこっちに来たのかって言われちゃう!」

「ええ、ええ、そうですか。では、笑われてしまいなさい《ジ・アビス》」

「えっ――」


 突然、足元が消えた。いや、地面が割れた。

 その割れ目にあたしはそのまま落ちていくが、鎧のおかげで途中で引っ掛かった。

 だが、脅威はこれで去ったわけではない。壁が迫ってきたのだ。


「――まずいっ! 早く脱出を」


 力づくで壁を蹴り上げ、割れ目から脱出するために駆け上がる。

 しかし、脱出する目前に割れ目が閉じ切った。下半身だけが地面に埋まってしまう。

 鎧のおかげで痛みはないが、身動きを取る事ができない。


「それではこれで、フィナーレと行きましょう」


 アモンは何もできないあたしに近づいて指を差した。

 もう一か八かだ、取れる選択肢はこれしかない。あたしはクライから渡さされたそれを目の前で粉々に砕いた。


「ヘルフレイ――――あ、が、あ!?」


 同時にアモンの身体が動かなくなった。

 魔族にとっては天敵のコレが体内に入ったのだから無理もない。

こんなに上手くいくとは思ってなかったけど。

 あたしは一度装甲を解除し、地面と自分との間に隙間を作る。そして、抜けだしたところで再び鎧を装甲した。


「あな、た、は何をぉ!?」


 ゆっくりとあたしはアモンに近づいた。


「……滅べ! この、クソ悪魔ぁあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 拳を振り上げ、ありったけの魔力を込めて、全力でアモンの顔面を殴りつけた。

 浄化魔法を秘めた拳は、アモンの全身を青白い炎で覆い尽くす。


「あああああ!!?? 消えるぅ、この私が消えるだとぉ!!?? どうして、発動しない! 浄化魔法への対策はぁ、万全だったはずなのにぃ!?」

「……ありがとう、クライ」


 クライから託されたこの鎧と《魔族殺し》の欠片がなかったら完全にあたしが負けていた。

 魔族殺しは魔族による魔法干渉を無効化する。それが未来予知であろうと防御魔法だろうと全て等しく意味をなさなくなる。

 ウェインに教えられた事や貰ったアイテムが役に立ったのは腹立たしい。まさしく、あたしはあいつの『保険』になってしまった。


「……あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」


 気持ち悪い声を上げているアモンの身体は、魔力となって空中に霧散していく。

 後数秒でこの世界から消えるというのに、どうして笑っているんだろう。


「……何?」

「最後にあなたに呪いをかけましょう!」

「なっ!?」


 あたしは急いで距離を取るが、アモンの8割はもう身体を失っている。ここから何かされるとは思っていなかったが、


「あなたは一生! 孤独で! 戦い続ける! 休むことなく! 死ぬまで! ……ひっひっひぃひぃ」


 何だそんな事か、覚悟は既に済ませてある。


「……失せろ」

「言われなくてもぉ、今消えて差し上げ――」


 最後まで軽口を叩きながら、アモンが消えていった。

 諸悪の根源とでも言うのだろうか。この状況をもたらした張本人がこの世界から消えた。


「これで、終わった……のかな」


 疲労が一気に押し寄せてくる。あたしはその場に座り込んだ。

 クライも、ジニアも、ウェインも、あたしも、全員がアモンに踊らされていた。

 アモンが消えた今、ここからが本当のあたしの人生、なのかもしれない。

だから、このままではあたしは終われない。

どんな事があろうと、想いを継いで生きていくと心に決めたんだ。


「…………っ、クライ」


 でも、寂しいものは寂しい。泣くのを止めたいけど、あたしの意志とは関係なく涙は流れ続ける。

 あの大きな手で撫でられたり、変な事をして注意されたり、褒められたり、一緒に寝たり、ご飯を食べたり……もう、全部ができないのだと思うと、胸が苦しくなる。

 クライは生きろと言った、愛してるって言ってくれた。だから、何が何でもこの先、独りであろうが生き延びてみせる。


「……クライの大剣、取りに行かなきゃ」


 クライ達が戦っていた広場に向かって一歩踏み出すが、


「ぐっ、あっ」


 膝からその場に崩れ落ちてしまった。

 アモンを倒した事で気が抜けたのかもしれない。

 牢屋の中に捕らえられていた時の疲労も癒えてはいない。

 このまま意識を手放したくなるが、触媒のあたしがどう使われるかなんて想像に容易い。


「……まだ、終われない」


 逝ったばかりのクライやジニアにもう会いに行くのは格好悪いもんね。

 最後まで足掻いて、足搔いて、足掻きまくってやるんだから。

 二人には、じれったくあっちの世界で待っていてもらわないと。


「……うん、行こう」


 少しだけその場で休んだ後、あたしは立ち上がり、再び広場へと向かって歩き始めた。

 幸いにも広場に行くまでには、事情の知らない数人の人間とすれ違っただけで衛兵を呼ばれる事もなかった。そのおかげで、大して時間もかからずに転移をしてきた広場へと着く事ができた。

 広場に着いてすぐに、地面に刺さっている大剣を引き抜く。

 以前持った時はもっと重かったような気がしたけど、今は全然軽く感じた。あたし自身が成長したのか、それとも鎧の力なのか。


「じゃあ、やるよ……見ててね、クライ」


 あたしは剣を担ぐ。剣の振り方なんて知らない、でもクライがどうやって戦っていたのかはよく知っている。一番近くでずっと見てきたんだから、きっと大丈夫。

 何度か大剣を素振りしていると、王国内部の警備をしていたであろう兵士たちがぞろぞろとやってきた。

 あたしを囲んで槍や剣を構えている。人数にしてざっと30人程度だ。


「おい! 貴様どこの軍の者だ! 白銀の鎧を纏った女の大剣士など聞いたことが無い! それとも冒険者か?」


 そりゃそうだ。軍人じゃないのだから、聞いた事なんてある訳がない。

 面倒だからすぐに戦いに入ってもいいんだけど、その前にここで全ての精算をしたくなった。

 あたし、いや、私は大剣を片手で振り上げて、声を上げた。


「私の名は、シエル・ファム・シュテルライツ! 10年前のクーデターによって殺された王の娘。魔王軍の首魁、悪魔のアモンは私が討ち取った!」


 周りが一瞬にしてどよめいた。

 私の言っている事が本当なのか疑う者、純粋に喜ぶ者、今にも襲い掛かりそうな者など、いろんな反応を見せた。

 でも、そんな事は気にせず話を続ける。


「だが、本当の私は『鎧冑の戦鬼』クライの寵愛を受けた人間、シエル! 私はクライの想いを継ぎ、ここになすべき事を宣言する! あたしは――」


 大剣を振り下ろし、宣言する。


「――人間どもを殲滅する!」

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