第25話 決着?
俺が踏み込んだのと同時に、ウェインは空中に飛び上がり斬り込んでくる。それを腕で弾いた。無論、鎧が無ければ腕は持っていかれていただろう。
攻撃を弾かれたウェインは、俺の胸を蹴ってバックジャンプした。
「《魔族殺し》の範囲内でこれほど動けるとはね。これに全てを賭けた状態なのは間違いないらしい」
「お褒めに預かり光栄だっ!」
ウェインが地面に着地する瞬間を狙い、大剣を上段から振り下ろす。が、サイドステップだけで避けられた。
「ふんっ!」
だが、それも想定内の行動だ。地面に突き刺さる大剣を軸にしてウェインへと蹴りを入れた。
ウェインの腹部へと蹴りが刺さったが、致命傷とは程遠い。
「ちっ……! 突き穿て!《ロックスパイク》」
怯んだウェインはその隙を突かせないようにするために、魔術を行使してくる。地面から岩の棘が俺目掛けて襲い掛かってくる。
「甘いっ!」
魔術ではあるが、岩自体は物理攻撃。であれば防御は不要、鎧の性能頼りにウェインへと突撃する。
「甘いのはどっちかな……《フラッシュ》」
ウェインが指をパチンと鳴らした瞬間、強烈な閃光が俺の目を焼いた。
「なっ!?」
おそらく2秒は視界から情報を得る事ができなくなる。雑魚との戦いだったらそこまでのハンデにはならないが、このウェイン戦においては致命的な隙になる。
俺が今、どう動くべか。
選択肢を一つでも間違えたら即BADENDだ。目の前には死が待ち構えている。
闇雲に大剣を振るか? いや、出鱈目な攻撃など隙を作るだけになりかねない。
いくら鎧があるといっても、鎧の継ぎ目や兜と鎧の間などは防御力は低い。ウェインであればそこを狙ってくる可能性もある。
だったら、全力でこの場を離脱するか? いや、もしウェインが俺の速度を上回っていた場合、接近を許してしまう可能性がある。そうなってしまっては、前回のようにゼロ距離で《ショックウェーブ》を打たれてしまう。それでは、前回と同じ結果に――待て、ゼロ距離という事は俺がウェインを捕らえるのも可能なはず。だったら、一つ考えがある。
大剣を地面に突き刺して、両手を自由にする。
「死ねよ! ゴブリンっ!」
「くたばれ! 人間っ!」
そして大きく両手を広げて、目の前の虚空を抱きしめた。
「ふんっ!」
「なんだ、と」
丁度、視界が開けた。俺の腕の中には必死で藻掻くウェインがいた。
「捕まえたぞ」
「ぐっ、離せっ! ちっ、これだと《ショックウェーブ》が」
お互いに密着した状態で《ショックウェーブ》を使ったら、俺もウェインもその衝撃を受ける事になる。ウェインは自分の命を懸けて、俺を殺すなんていう選択肢を取る訳がない。魔族殲滅に精を出すウェインではそんなリスクを取る必要がないのだ。
だが俺は、もう死ぬまでに時間が無い。ここで死のうともウェインさえ殺せれば、魔王軍の勝利はほぼ確定すると言っていいだろう。そうなれば、浄化魔法を使えなくなるため、間接的にシエルを助ける事にも繋がる。
だから俺は残りの魔力を振り絞って、
「《ショックウェーブ》っ!」
「止めろぉぉぉぉぉぉ!!??」
自分に向けて《ショックウェーブ》を放った。もちろん、ウェインを抱きしめたまま。
「がはっ!?」
「……ぐっ」
身体の中から破壊される感覚。細胞という細胞が壊れ、身体の内側から溢れてはいけないものが溢れていく。
俺も、ウェインも、全身から血を噴き出して倒れた。
その瞬間、纏っていた鎧が霧散した。もう鎧を維持する魔力すら残っていない。
命は風前の灯火。だが、まだ俺にはやる事が残っている。
この手でシエルを再び抱きしめるまでは、死んでも死にきれない。
震える膝を手で無理やり抑えながら立ち上がる。意識が飛びそうになるほどの全身の激痛、身体の外も中身も全てが崩壊寸前だ。自分でもどうして生きているのかがわからない。
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
倒れそうになるが、大剣を杖にしてなんとかその場に立ち続ける。
「馬鹿がっ……はぁ……自爆、だと」
地面に倒れているウェインを見下ろした。奴も辛うじて口を動かせているくらいのダメージを負っているようだ。
自爆覚悟で自分ごと攻撃したというのに、まだ生きているとは。
しかも、身体の損傷具合を見ていると、俺よりも受けたダメージは少ないように見える。身体が動かないのは俺と一緒だが、ウェインであれば今すぐ治療をすればなんとか生き延びる事は可能だろう。
「ぐっ……ぁは……うぐ、預言者、野郎……」
ウェインは全身から血を流しながら、立ち上がろうとする。
前言撤回、まだウェインには体力が残っているようだ。人間がこれほどのダメージを負っても動けるとはあまりにも異常すぎる。
「魔族はっ……僕が、僕が殺し尽くすっ!」
魔族殺しを使ってなんとか立ち上がったウェインも満身創痍だ。お互いに体力なんて残っていない。ここからの戦いはどちらが早く心が折れるかの戦いだ。
「邪魔をするな……眠っていろクソ勇者!」
「魔族は、この世から、消すべきなんだ……死ねよクソゴブリン!」
お互いに剣を持ち上げる体力なんて残っていない。
使える武器は己の拳のみ。
お互いに摺り足で、ゆっくりと距離を詰める。そして、殴り合う。
速度は遅く、威力も低い。先程までの戦闘と比べると、まるで子供喧嘩のようだった。
それでも俺は、最後まで立っているために拳を振るう。
「ぐはぁ!」
「うがっ!」
お互いの気力が尽きるまでの殴り合い。
顔を殴ったら蹴り返され、腹を蹴ったら殴り返される、そんな泥仕合。
頭の中は、これが早く終わればいいのに、という思いで溢れている。終わらせるために、残りの力を振り絞って殴っても、ウェインはまだ倒れない。俺は殴られても倒れてやらない。
身体を動かしているのはシエルにもう一度会いたいという想いのみ。それ以外の事はどうでも良くなっていた。
ああ早く、早くシエルに、もう一度だけ。だから、次の一撃で終わらせる!
「UGAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
バシン、と俺の拳がウェインの拳よりも早く届いた。
ウェインはゆっくりと仰向けに倒れる。
それと同時に、地面に突き刺さっていた魔族殺しにも罅が入り、砕け散った。
「はぁはぁ……くっ、はぁ……」
その場に膝をついて、呼吸を整える。
もうウェインは起き上がる事はない。後は、シエルのいる場所へと向かうだけ。
邪魔者はもういない。もう少しでシエルに会える、と思った矢先、
「おい! 侵入者のゴブリンがいたぞ!」
衛兵達が十数人広場へとやって来た。
大分殺しまわったつもりだったが、衛兵達はまだ存在していたようだ。
普段であれば取るに足らない雑魚だが、鎧も魔力もないこの状態では、いいように蹂躙される事間違いない。
ここまで来たのに、こんな所で終わる訳にはいかない。後一歩なんだ。
俺はほとんど感覚のない身体を無理やり動かし、立ち上がる。自分がどうして立てているのかの感覚すらもない。
もう何をしているのかすらも、自分では理解していない。本能ままに動き、叫ぶ。
「UGAAAAAAAAAAA!!!!!」
「ん~! その咆哮、LR(レジェンドレア)にございます!」
俺と衛兵達の間に現れたのは、アモンだった。衛兵達の間にどよめきが走る。
「ま、魔族だ! やはり仲間を呼んでいたか!」
アモンは思い思いに叫んでいる衛兵達を一瞥する。
「んっん~、ウェインを倒しましたね、あなた! 素晴らしい、素晴らしいですとも。そのおかげで私はここに来る事ができました。あれ? もしかして私の話聞こえてないくらいに消耗しちゃってます? 今は気分が良いので、こちらをサービスいたしましょう《フルオートヒーリング》」
何か訳の分からない事を言っていたアモンだったが、俺に回復魔法をかけてくれているらしい。そのせいか、俺の身体は青白い光に包まれていた。
「あなた様が勇者ウェインを引き付けてくれたおかげで、魔王軍の侵攻は滞りなくすすんでいましてね。もう少しで制圧が完了する事でしょう」
「そうか……」
ほんの少しだけ身体が軽くなるが、戦えるほど回復したわけではない。多少は動けるだろうが、大剣を再び振り回すほどの力は残っていない。
「アモンか、俺は……」
「ええ、ええ、わかっていますとも。早くシエルさんの元へと向かってください。王宮の地下牢に捕まっているはずですから。この場は私にお任せください」
随分と殊勝な事を言っているアモンに違和感しかないが、ここはその言葉に甘える他にない。
ウェインという邪魔者を消せて気分が良いのだろう。
「シエル、無事でいてくれ」
シエルに一秒でも早く会いたい。この身体が朽ちる前に。
俺はアモンの事を振り返る事もせず、シエルの元へと向かう事にした。
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