第24話 決戦
歩くと足跡がくっきりと付くくらいの埃の絨毯の上を歩いて進む。
払っても払いきれない程の蜘蛛の巣は、蜘蛛にとっての楽園になっている。割れた酒瓶や壊れた椅子を足で蹴り飛ばしながら、出口へと向かう。
外へ繋がるだろう扉をゆっくりと開くと、陰鬱な街並みが目に入った。
路上には布一枚を羽織って寝ている人間がそこかしこにいる。鼻につく臭いはおそらく糞尿の匂い、誰も処理せず垂れ流しの状況なのだろう。そんな場所で平然と寝られる人間は、流石と言わざるを得ない。あの屋敷での生活があったせいで、なおさら俺はそう思った。
王国内の貧民街。それが、俺が今いる場所だ。
王国には三つの区画がある。王国内の中心部で一番人が栄えている繁華街、政治の中心になっている王宮区域、浮浪者や犯罪者などが住む貧困街の三つだったはずだ。
シエルが捕らえられているのは王宮区域の地下牢だとアモンから聞いている。
ここ貧困街から王宮区域に行くには、繁華街を通って行く必要がある。いつも通りにやるのであれば、無策に正面突破などは選択しない。だが、今回はもう時間が無い。どれだけ目立とうが、不審に思われようが、衛兵と戦う事になろうが、王宮を真っ直ぐ目指す。
それにしても、王国内にある貧民街の廃墟にいきなり転移をさせる事ができるとは。王国内に侵入する方法から検討する必要があると思っていたが、その必要はなくなった。
転移魔法は一人を転移させるだけでも莫大な魔力を消費する。戦争直前だと言うのにそんなに魔力を使っても大丈夫なのだろうか。一応、アモンには感謝しておこう。
鎧冑は既に《装甲》済み、ウェインから受けた傷の全て回復している。後はシエルを助けに向かうだけだ。
その時、俺の事を不審な目で見ていた浮浪者が近寄ってきた。
「何だぁ? こんな所で軍人さんが何してやがんだぁ?」
俺の事がゴブリンだとは気付いていないようだ。周りからは鎧しか見えていないのだから、それも当然だろう。
今は魔王軍が侵攻を開始しており、王国軍はそれを迎撃しているという状況だ。そんな最中、鎧冑を身に纏った人物がこんな貧困街に居れば、不審者と思われても仕方がない。
「邪魔だ」
俺は軽く手で浮浪者の身体を押し退けた。つもりだったのだが、
「んぴっ?」
その浮浪者の男はその場で爆散した。文字通り、その場で肉片となり辺り一帯に飛び散った。
糞尿の匂いに混じって濃厚な血の匂いも漂って来る。
「ほう……」
そこまで力を入れたつもりはなかったのだが、思ったよりも力の出力が上がっているようだ。
思わぬところで自分の力を確認できた。
王国内の衛兵どもで力試しをするつもりだったが、その必要はないかもしれない。
後は、急いで王宮区域へと向かうだけだ。背負っていた大剣を取り出し右手で肩に担ぎ、全速力で走る。
時間が後どれくらい残っているのかはわからない。一刻でも早くシエルの元へと向かうために障害物は全て正面からぶち壊していく。
家だろうが人だろうが関係ない。全て粉砕して直進する。王宮区域への方角さえわかっていればいい。
倉庫や屋台をいくつか壊した後、広い通りに出だ。繁華街の一部に差し掛かったところだろうか。
戦時中のためか人はほとんどいない。いる人間と言ったら従軍した事がないような衛兵のみ。
「な!? なんだお前はっ!」
衛兵は俺を指差し驚いていた。
白銀の鎧を纏い大剣を担いだ奴が、壁から出てきたら誰だって驚くだろう。ただ、今はそんな余計な事を考えている余裕はない。
大剣で一閃。衛兵の一人は上半身と下半身で丁度二分された。
連日の戦闘で鈍くなっていた切れ味だったが、このためにしっかりと研ぎ直してきた。切れ味は一目瞭然、満足のいくものになっていた。
「勇者ウェインは何処にいる!」
俺は声を上げながら衛兵達を一人、また一人と蹴散らしながら、王宮区域へと向かう。王宮区域は王国内の政治を行っている場所のため、進むにつれて衛兵達の質も上がっていく。
警備に当たっているのは兵士だけでなく、雇われの冒険者も見受けられた。
だが、その程度では俺を止める事なんてできはしない。
大量の屍の山を築きながら、王宮区域へと向かう。
今まで一番衛兵が多く、厳重に守られていた門をぶち破ると、何もない広場に出た。その場所からは王宮と思しき建物が見える。
目標の場所まではもう少し、早くシエルを助け――
「――まずいっ!」
全力で横に身を投げ出すようにしてその場から移動する。地面を転がり素早く体制を立て直すが、追撃の気配を感じ、咄嗟に大剣の腹で斬撃を受けた。
「なぜ、貴様が生きている?」
斬撃を受けた体制のまま返す刀で大剣を振るうが、襲撃者は距離を取って状況を仕切り直した。
正面に立っていた男はシエルを攫った張本人、勇者ウェインだった。
俺はウェインの質問に返答する。
「シエルを救うために悪魔に魂を売っただけだ」
「はっ! 満更嘘でもなさそうだな。対価はなんだ? 貴様は何を差し出した?」
「お前に話す義理はないっ!」
大剣で切りかかるが、ウェインはそれを包丁の様な形をした剣、《魔族殺し》で受け止めた。
競り合う形になったため、大剣の重さを活かして圧力をかけていく。
《魔族殺し》についてはアモンから説明があった。魔族の干渉を防ぎ、魔族を近くに居るだけで鈍化させる魔剣、だと。しかし、今の俺はその程度の鈍化だけでは抑えきれない程、力の出力が上がっている。
「ほう……ずいぶん重い一撃だな。それに異常なまでの怪力……貴様、死ぬ気だな?」
「UGAAAAAAAAAAA!!!!!!」
咆哮を上げながら、そのまま大剣を押し込む。
「ちっ……ふんっ!」
上手い事力を逸らされてしまったため、ウェインに離脱する隙を与えてしまった。
あのまま押し込めていれば、殺せはしなくともダメージを与える事はできたかもしれない。
「シエルを……シエルを返せ」
大剣を構え直した。ウェインは俺の出方を様子見している。
「浄化魔法を使った後ならいくらでも返してやる。まあ、その時は生きていないだろうがな……おっと、浄化魔法を使ったらこの世から魔族が消えるんだから、どの道貴様は詰みか」
「ふざけるなっ!」
怒りのまま身体を動かしそうになるが、何とか自分を制する。ウェインの言葉はただの挑発、戦いでは冷静さを欠いた者から死んでいくのは常識だ。
「そう簡単に怒りに身を任せたりしないか……貴様、本当にゴブリンか?」
「どうこからどう見ても、ゴブリンだろうが」
俺がゴブリンであろうとなかろうと、やる事に変わりはない。
構えは解かずに、慎重に機を伺いながら軽口に答える。
「くだらん質問だったな。最終的に魔族は殺す。貴様が魔族である限り、僕は必ず貴様を殺してみせよう」
青白い顔をしたウェインは、凄まじいまでの眼力で俺を睨んでくる。だが何故か、どこか懐かしいようにも感じる。
俺はこの顔を知っている、かもしれない。
いや、気のせいだろう。今の俺には余計な事を考える余裕なんてない。
「どうして、そこまで魔族を殺す事に執着する?」
魔王軍を討伐した後、ウェインには一時的な平穏を味わうという選択肢もあったはずだ。だが奴は国からの報奨金を使い、より多くの魔族たちを滅ぼそうと世界各地にある冒険者ギルドに魔族討伐の依頼を出していたという。
「……よくある話だ。僕が昔住んでいた村が魔族に襲われた、家族も大切な人も皆殺された、ただそれだけの話だ。生き残ったのは僕だけ……そう、よくある話」
よくある話と言えば、確かによくある話だ。
正直、ウェインの気持ちは痛いほどよく分かる。
生死を掛けた戦いの場で相手と共感するなど褒められた事ではない。だが、他人事だと切り捨てるには、あまりにも身に覚えのある話だった。
「そうだな。よくある話だ……だが」
魔族は人間を殺し、人間は魔族を殺す。お互いにそれ以上でも以下でもない。何百年と同じことが繰り返されてきた。俺もウェインもその歴史の一部であるというだけで、よくある話なのだ。
人間と魔族の関係はもうしょうがない。そういうものだと割り切るしかない。
では、人間同士の場合はどうだろうか。
人間は人間同士でも殺し合う。拷問だって平気でする。それが不思議でならないのだ。
別に魔族同士が殺し合わないと言っている訳じゃない。魔族同士でも諍いはあるし、殺し合いだってする事もある。
だが、人間の場合は理由と規模がおかしい。
領土を拡大するという理由で他国の人間を数万人単位で殺したり、肌の色や考え方が違うからと言ってそれらを持つ者を全て淘汰しようとする。
俺が魔族だから分からないのかと思っていたが、人間のシエルだってわからないと言っていた事を覚えている。
「冥土の土産に教えてくれ。なぜ人間は、人間同士でも殺し合えるんだ? シエルの事もそうだ。お前たち人間は人間のためにどうして人間を消費できるんだ?」
「何の話だ? そんなものは知らないね。ただ僕は僕の目的のために、僕以外の人間は使う、ただそれだけさぁっ!」
袈裟切りに切りかかってくるウェインの攻撃を大剣の腹で弾く。
そのまま押し込むように大剣を薙ぎ払うが、ウェインには一歩下がるだけで避けられる。
追撃を入れるために一歩踏み出し、薙ぎ払った大剣を引き戻した。
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