第22話 覚悟
目を覚ますと、何もない空間に俺は立っていた。
どこを見渡しても何もなく薄暗い。いったいここは何処なのだろう。
ふと、思い出す。俺は一度この光景を見た事がある。あれは確か――
「おい! アモン!」
何もない空間に向かって叫ぶと、気持ちの悪い笑い声と共に角の生えた悪魔が現れた。
「んっん~、ここで会うのは久しぶりですねぇ~」
「今はそんな事を言っている場合ではない。俺は……いや、シエルはどうなったんだ?」
「シエルさんは攫われましたね。あの、勇者ウェインに」
「生きてはいるんだな?」
「ええ、もちろん生きていますとも。彼女は触媒ですから」
一先ずそれが聞けて良かった。だが、触媒とはいったい何の話だろうか。
「触媒? どういう事だ。詳しく教えろ」
シエルがなぜ攫われたのか、アモンから説明を受けた。
今、王国では魔族を殲滅するために、大人数で浄化魔法の準備をしている事。
その浄化魔法を全世界へと効果を広げるために、触媒が必要である事。
触媒には、生まれながらにして尋常ならざる魔力量を誇るシエルが必要だという事。
そして、シエルを連れて行くために勇者ウェインが俺達を襲撃した事。
アモンは珍しくふざけずに詳細を教えてくれた。
状況がわかった今、俺はすぐにでもシエルを助けに行かなければならない。
だが、ウェインによって俺は殺され――いや、俺がこうしてアモンと会話をしているという事は、まだ生きているはずだ。
だったら、俺がやる事なんて一つしかない。
「アモン、俺を現実へと戻せ」
「死にかけのあなたが、何ができるって言うんです?」
「それは……」
棺桶に片足どころか、体の半分以上が入っているのは間違いない。意識を失う前は身体がバラバラになる程の衝撃を受けた事までは覚えている。
「んっん~? 勇者に、手も足も出せずにやられたというのに?」
「だが、それは……」
勇者ですら貫けないこの鎧があっても俺は負けた。何もできずに瞬殺された。
そんな俺が現実へ戻れたとしても、シエルを救う事ができるのだろうか。
「どうして、あなたはシエルさんを助けたいのですか? あなたは十分シエルさんを守ってくれました。その鎧を返してくれれば、契約を破棄しても構いません」
「いや、それは……」
「もちろんあなたの事を生き返らせてあげましょう。鎧は無くても、あなたが得た知識や技はこれからもあなたの中で生き続けるはずです。その辺の冒険者程度でしたら十分に殺せる。人間への復讐は続けられるはずだ」
「…………」
「それでも、あたなはシエルさんを助けたいですか?」
聞かれるまでもなく、答えなんて決まっている。
俺はシエルを助けたい。俺自身がどうなろうとも、何をしようとも。
10年間一緒に生活してきた。手間もかかったし、いろんな世話をしてやったりもした。
最初は、契約上仕方なくシエルの世話をしていた。それが今では、俺の心はシエルで埋め尽くされている。もちろん、それは嫌な事ではなく心地良い感覚だった。
最近ではジニアという存在も俺の中で大きくなっている。
そうだ、俺は嫌だ。シエルと離れたくない。
人間の間では子供が育ったら親元を離れるというが、シエルがいない生活なんて考えられない。無論、このまま死ぬなんて考えられない。
俺自身全てを捧げても、シエルを救いたい。
「んっん~! 覚悟、決まりました?」
さっきからずっと気持ちの悪い笑みを浮かべているアモン。どうせこいつの事だから、俺の心の声でも聴いて楽しんでいるのだろう。
「俺は、シエルを助けに行く!」
「その覚悟、SR(スーパーレア)! ……ですが、今のあなたを助けようと思っても、あなたには血が足りないのです。クライさんに必要なのはUR(ウルトラレア)になる覚悟」
血が足りない。それは俺が多量に出血した事による事が原因だろう。
中からぐちゃぐちゃされたのだ。まだ辛うじて息があった事に感謝しよう。
「それで、どうすればいい?」
「ええ、ええ、至極簡単な話です。足りないのであれば、補充すればいい」
「何を言って……」
「今から現実世界に少しだけ戻しますので」
「ちょっとま――――」
視界が一気に暗くなる。そしてすぐに明るくなる。
俺の血によって染まった薄紅色の空が見えた。
「……俺、は」
死に体の俺に何をさせようというのか。
辛うじて動くのは口と右腕だけ。それ以外は痛みすらも感じない。
「はぁ……はぁ……、ク、クライ、様……」
「……ジニア、か」
ジニアも辛うじて生きているといったところだ。すぐさま治療をしないとならない。
俺は回復魔法なんて使えない。無理矢理にでもアモンをここに引っ張って来て回復魔法をかけてもらうように頼むしかないか。
「は、い。クライ様、話は全て、承知しており、ます」
「……何の、話、だ」
いったいジニアは何の事を言っているんだ。
「血が足りない、のですよね? ……ごほっ……私を、食べて、ください」
「……くっ、馬鹿、な」
私を食べろ、だと? 何を言っているんだ。そんな事をするわけはないだろう。
これから一緒に王国に攻め入ろうという話だったじゃないか。
(アモンの奴、まさか……!)
血を補充しろというのはジニアを喰え、という事か。こんなの馬鹿げてる。
俺に仲間を殺せと言うのか。無理だ、そんな事できるわけがない。
「約束、したじゃないですか。それにもう、私は……」
「……ジニアっ!」
目から溢れているのが血なのか涙なのか、自分ではわからない。
「ふふっ、げほっ……私の、ために、泣いて、くれるんですね。嬉しい」
ジニアは俺の口に冷たい手で触れながら、
「最後に、私の人生に……意味を、与えてください。シエル様を、助けてあげ、て」
「……それ、はっ、俺はっ!」
辛うじて動く右手でジニアを抱きしめた。
「あっ……ごほっ……クライ様……私は、クライ様を――」
――お慕い申しておりました。
ジニアは俺へ口付けした。最後の力を振り絞って、笑いながら。
そのまま動かなくなるジニア。俺はゆっくりとジニアの頭を撫でた。
知っている。何度も何度も見てきた光景、繰り返し俺が作り出してきた光景――命の旅立ち。
「UGAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
渾身の力を込めた咆哮。
俺は――喰った――ジニアの全てを喰った。
一片も余す事なく血肉にする。それが、ジニアの想いを継ぐという事だから。
全てを胃に納めると、俺はゆっくりと目を閉じた。
必ずシエルを助ける、その覚悟を胸に刻む。
「素晴らしい! クライさんとジニアさんの覚悟、限界突破でございます!」
いつの間にか、また何もない空間へと意識が飛ばされていた。
「……黙れ」
ジニアの事をコイツが話すのは不愉快だ。
これ以上ふざけるのであれば、ここで殺し合いをするしかない。
「おっとっと、失礼しました。それではあなたに力を与えましょう、正確にはあなたの中から生み出すのですが」
「……どういう事だ」
「ええ、ええ、あなたの命を今ここで燃やし尽くします。期限は三日間、それが終わればあなたは必ず死にます。まあ、死ぬまで身体の中の全リソースを魔力に変換する呪いなんですがね……くくくっ」
アモンがそう言った瞬間、パキッと何かが折れたような音がした。
身体の内から力が溢れ出していく。自分の意志で止める事なんてできない。
「後、三日の命か」
それまでに俺はシエルを助ける。この身滅びようとも必ず助けてみせる。
「それと、三日後に我々も王国へと進撃します。そして、それに合わせてあなたを王国内の貧民街へと転移させます。それまでは怪我を治し、英気を養っておいてください」
「わかった。それがシエルを助ける最善の方法なんだな?」
「勿論です。魔王軍が王国へと攻撃している間は、浄化魔法を行使する魔術師達は我々の迎撃へと当たるはずですから。その間にシエルさんを助けてください。もちろん、勇者ウェインを引き付ける事もお忘れなく」
「勇者、ウェインか……」
一度は大敗を喫した身、自分の命を全て使いきったとしても、倒せるかどうかわからない。
だが、倒さなければシエルは救えないし、戦わなければウェインを引き付けられない。
冷静に、勝つために、できる事を全て行え。それはどんな手段でも構わない。
「覚悟が決まったところで、そろそろ現実へと戻ってもらいましょう。それでは今からあなたを王国の近くの森へと転移させますので、三日後に全て出し切れるようにお願いします」
「ああ……!」
アモンの指が鳴る音がすると、視界が暗闇に包まれた。
ここへはもう二度と戻る事がないと確信を得た俺の意識は、闇の中に溶けていった。
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