第21話 囚われの触媒(シエル視点)
冷たい石畳の薄暗い小さい部屋であたしは目を覚ました。
目の前に見えるのは鉄格子、その向こうには松明が一本だけ。それが唯一の明かりで、部屋の中には小窓すらない。
あのウェインとかいうクソ野郎にカウンターで一撃をくらった後から、あたしの意識はない。
あの後どうなったかは、あたしがここに居るという事から最悪の結果が想像できてしまう。
(……クライが、負けた?)
いや、そんなはずはない。
だけど、確かにクライが生きていたら、あたしが気を失った後、あたしを何としてでも助けてくれていたはずだ。
でも、今のあたしは鉄格子の中。
何かの理由であたしを助けられなかったという事になる。例えば、ウェインがあたしを攫う事だけに特化して行動を実施していた場合、とか、あたしやジニアを人質として行動した場合などだ。
わたしが捕まっている事を鑑みるにあたしは人質になっていたのかもしれない。そのせいでクライは手を出せなかったのだろう。だからクライは負けてなんていない。
今頃、あたしの事を探してくれているはず。
少し時間がかかるかもしれないけれど、いつかは助けに来てくれるだろう。
クライはあたしのために頑張ってくれているんだ。
こんな所で何もせずに待ちぼうけているわけにはいかない。でないと、後でクライに怒られてしまう。
部屋の中を見渡す。見えるのは石壁に石畳、そして鉄格子。
どこかはわからないが、捕まって牢屋に入れられているという事で間違いない。まるで最初にジニアと出会った場所みたいだ。でも、ここは匂いが違う。そのジニアがいた場所ではないのは確実だ。
まずは部屋の中を調べよう、そう思いと立ち上がるが、
「……なに、これ」
両手両足には、壁と鎖で繋がれた鉄の枷。
「……邪魔っ!」
こんなものであたしの行動を邪魔しようとするなんて。《身体強化》すれば、簡単に破れる。と、思ったんだけど、
「ふっ……! ……あれ? なんで? 力が入らない……?」
全身に魔力を纏おうとする度に、すぐさま魔力が霧散してしまう。
何度試しても《身体強化》が使えるなんて事はないし、鉄の枷が外れる事もない。
一切魔力を使わずに力ずくで何とかしようとするが、腕に枷が食い込んで怪我をするだけだった。
「……あたしは、こんな所で……!」
再び全身の魔力を注ぎ込もうとした時、一人の男の声がした。
「目覚めたか、触媒。いや、シエル・ファム・シュテルライツ元王女」
「……お前は」
鉄格子の向こうには、一撃であたしの意識を奪って行った男がいた。色白で不健康そうな顔をしている。
飛びかかろうと思ったが、枷のせいで上手く動けない。
「暴れても無駄だ。魔力量が桁外れに多い元王族であっても、その枷からは逃れられん。一応、僕の名前を教えておこう、ウェインだ」
「……ちっ」
「元王女だというのに荒っぽいな。《フルヒーリング》」
ウェインが手をかざすと、あたしの身体が淡い光に包まれた。力ずくで鉄の枷を外そうとしたときにできた傷がみるみる治っていく。
ここであたしの傷を治す必要があるのかわからない。よくよく考えてみたら、ウェインから受けた怪我も治っていた事に気付く。
「あたしに、何をするつもり……?」
「言っただろう。触媒だってね」
さっきから触媒と言っているのはどういう事だろうか。でもなぜだろうか、頭の隅に何か引っかかっているような気もする。
「触媒ってなんなの……?」
「ああ、そりゃあ知らないか。当時はまだ幼かっただろうし。触媒というのは、浄化魔法の触媒という事だ」
「……浄化魔法?」
「そうだ、全ての魔族を殲滅するための魔法だ。まさか、元王女が生きているなんてな。これも神の思し召しってやつか、それとも預言者の……」
あたしを使って、その浄化魔法とやらに使おうとしているのはわかった。だから、あたしを未だに生かしているというわけだ。
浄化魔法、全ての魔族を殲滅するための魔法だとウェインは言った。もし、そんなものが発動したら魔族であるクライが死んでしまう。そんな事を許しはしない。
「クライは殺させない……!」
何とかしてここを脱出して、クライ達の元へと戻らなければ――
「ああ、あのゴブリンなら死んだぞ」
今何て言った? あのゴブリンが死んだ? クライが、死んだ?
「……そんな、まさか」
「なんだ? 助けてもらおうと思っていたのか? 残念だったな、魔族なぞ一匹たりとも生かしてはおけん」
「クライが、死ぬはずが……!」
「あの程度の魔族に僕が遅れを取るとでも? ただの希少種ゴブリンなだけだろうに」
――プツン、とあたしの中に何かが切れた。
「殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
「耳障りな声だ。後三日間、大人しくしていろ」
ウェインが背を向けて去っていく。
今すぐアイツを殺す。殺すべきだ。殺さなければならない。
枷が邪魔だ、鎖が邪魔だ、鉄格子が邪魔だ。どうしてこんなにもあたしを阻むんだ。
自分の人生をかけてもアイツを、抹消する。今はそれだけ、それだけでいい。
なのに、なぜ、
「あああああああああああっぁぁぁぁぁあああっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
あたしの声は、虚しく牢屋の中に響くだけだった。
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