第19話 嵐の前に
俺が虚空に向かってそう叫ぶと、
『んっん~、悪魔使いが荒いお方ですね~。私、これでも結構忙しいんですがね~』
「頭の中で声がするよー!?」
「……声が!? どこから!?」
シエルもジニアも驚いているようだ。
直接頭の中に声が届くのは、あまり気持ちのいい事ではない。
『皆さんにも声が届くようにしました。よろしいでしょう?』
「ああ、問題ない。状況は……言わなくてもわかっているだろ?」
『んっん~、王国への侵攻ですね。この数で攻めようと考えるなんて星1ですね~』
「そんな事はわかっている。どうしたらいい?」
正直、俺達だけでどうにかする手段なんてない。もし、アモンに言ってもどうしようもできないようであれば、別の策を考える必要がある。それには、一時的に身を隠す事も含まれる。
最悪、俺だけがどこかに行ってもいい。二人をここに残して、俺だけがいなくなれば、安全に過ごせるようになるだろう。例え暴漢が現れてもシエルがいれば問題はない。
『ええ、ええ! ありますよ! 素晴らしい方法がっ!』
「教えてくれ」
『んっん~、せっかちですね~。まあいいでしょう……では、あなたには勇者ウェインを殺害していただきましょう』
「勇者ウェインか……」
確かジニアの話によると、魔族狩りに異常なほどの執念を抱いている奴だったか。それに加え、魔王軍を壊滅へと追いやった人物だったはずだ。であれば、その勇者とやらは相当な実力の持ち主のはずだ。
『ええ! 心配は御無用でございますとも。殺せなくても一時的に引き付けていただければもんだいありまん』
「引き付ける……その間に何をするつもりだ?」
『んっん~、もちろん王国への魔王軍の侵攻です。私率いる、ね。我々の悲願、今度こそ果たしてみせましょう』
アモンの言いたい事は単純明快。俺が勇者という最大戦力を引き付けている間に、王国へアモンが魔王軍を率いてへ攻め入る。つまり、言い方を良くすれば陽動、悪くすれば囮というわけだ。アモンとしては、俺に勇者が引き付けられた時点で目的は達成された事になる。
ここで問題となるのは、どの程度俺が引き付けていられるか、だ。
勇者ウェインの実力が俺より遥かに上だった場合、瞬殺という事もあり得る。凄まじい防御性能を誇るこの鎧が簡単に破られるとは思えないが、破られないと考えるのは浅慮と言えよう。
ふと、シエルとジニアの顔が目に入った。
シエルは好戦的なのか、やる気が漲っている。対照的にジニアは緊張した面持ちだ。
「…………」
シエルとジニアが勇者に殺される事を想像してしまった。ああ、そんなのは許せない。
勇者などと言う、どこかの馬の骨に殺されるなんてあってはならないのだ。
この二人を殺すのは必ず俺だ、俺でなくてはならない。
だから、勇者との戦いに二人を連れていく事はできない。できるわけがない。
「わかった、俺が勇者を引き付けて見せよう。勿論、一人でな」
「クライ! あたしもいるよ!」
元気よく手を上げたシエルだったが、シエルを連れていく事はしない。
「駄目だ……シエル、ジニアの二人はここに残ってくれ」
「やだ! あたしも戦う!」
俺の方へ体を乗り出してくるが、この我がままだけは許せない。
ここは俺の我がままを通させてもらう。
「今回はあまりにも危険すぎる」
「一人より二人の方が安全だよ!」
普通に考えればシエルの言っている事は正しい。だがそれは、あくまでも通常時においての考え方であって、今回のような非常時の場合には当てはまらない。
今回はあくまでも囮だ。撤退も最初から念頭に入れて戦う必要があるため、シエルには少し荷が重い。その点俺であれば、鎧もあるため適していると言えるはずだ。
また、この戦闘においてはシエルを庇う余裕すらない可能性が高い。勇者にシエルが殺される事だけは阻止する必要がある。
「頼む、今回ばかりは俺のいう事を聞いてくれ」
「やだ! あたしも絶対行くもん!」
駄々を捏ねるシエルに、俺の頭も熱くなっていく。
「死ぬかもしれないんだぞっ! わかっているのか!」
「わかってるよ! クライのためならこんな命、惜しくない!」
「こんな命って……シエルっ!」
「クライのわからずや!」
シエルと睨み合う。額と額がくっつきそうなくらい近くで。
普段なら俺が折れるところだが、今回ばかりは折れてやる事はできない。
俺達の様子を見かねたのか、アモンが会話に割り込んでくる。
『なるほどなるほど! こんな未来になるのですね! いやはや、未来予知の力があると言っても、ここまでとは想像していませんでした! んっん~、星5の輝き!』
アモンが何やら意味不明な事を言っている。
『ですが、今回ばかりは話を進めましょう。お二人の喧嘩はまた後ほどお願いします』
「あ、ああ、すまない」
アモンのおかげで少しだけ冷静になる事ができた。ほんの少しだけ感謝してやろう。
『いえいえ。では詳しい作戦内容や時期についてですが――――ア――――』
「ん? どうした」
『お――――。――――――――な――――、――――に――――げ』
急にアモンからの声が小さくなり、最終的には聞こえなくなった。
何か問題でもあったのだろうか。魔王軍が今現在襲撃されているという事でないと良いが。
少し待っていたらアモンから再び連絡がくるだろうと思っていたのだが――急に、背筋が凍るような尋常じゃない殺気が俺を射抜いた。
「――――伏せろっ! 《装甲》」
俺はシエルとジニアに覆いかぶさって、無理やり床に伏せさせる。
その瞬間、屋敷の屋根が、壁が、ソファが、テーブルが、全て吹き飛んだ。
山よりも大きい巨大な魔物が爪で薙いだかのような、そんな威力。無論、そんな魔物なんて存在するわけがない。つまりこれば、強力な魔法による一撃という線が濃厚だ。
「頭を上げるな!」「や、やばいよ!」「きゃあああああああ!!??」
俺は身体の下にいる二人に被害が及ばないように、強く抱きしめた。
そんな俺達に話しかけるように、声が聞こえてきた。
「へぇ? 今ので死んでないんだ」
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