第18話 旅立ちの前に
「ただいまー、ジニアご飯!」
屋敷の玄関の扉を開くとシエルが大きな声出した。
戦いが終わったばかりなのに元気なものだ。まあ、大して強くなかったからそこまで疲れてはいないのだが。ちなみにだが、四人全員は既に燃やし終わっている。後処理もバッチリだ。腐乱死体が原因で謎の疫病にかかられたら困るからな。
それはさておき、今日の晩御飯は何だろうか。
最近、ジニアに餌付けされているような気がする。もう俺にとっては無くてはならない存在になってきている。殺すだの何だの言っていたのに酷い矛盾だ。これでは、まるで人間のようではないか。
いや、あまり考え過ぎるのはやめよう。
俺は人間を滅ぼすゴブリン。それだけは忘れてはならないが、今この時を楽しむ事をしても罰は当たらないだろう。
「お帰りなさいませ。クライ様、シエル様」
メイド服を着たジニアが俺達を迎えてくれた。
敬意を持ってお辞儀してくれている様子が可愛らしく見える。
「ただいま、ジニア」
帰宅の挨拶をすると共に、ジニアの頭を撫でてやる。
こうするとジニアは喜んでくれるのだ。確かにシエルの小さい頃も頭を撫でると喜んでくれていた。人間の娘はそういうものなのだろう。
「あー! ズルーい! あたしもあたしも!」
頭突きせんばかりの勢いで俺の元へと突撃してくるシエル。
早く撫でろと頭を差し出してきているので、空いている片方の手で撫でてやる。
「むふー!」
どうやら喜んでいるようだ。
そんなに頭を撫でられるというのは良い事なのだろうか。俺自身は頭を撫でられた事はない。
思い返してみても、ゴブリンの子育てにもそんな行為は存在しなかったはずだ。
ここは思い切って頭を撫でてもらうように頼んでみるのも……いや、止めておこう。
俺がそれをされるのは恥ずかしい行為のような気がしてきた。と、そんなくだらない事を考えていると、
「あれ? シエル様? 手から血が……」
「さっき矢を素手で掴んだらちょっと怪我しちゃった」
「何!? シエルが怪我だと!?」
シエルの身体強化は一級品の能力だ。あの程度の冒険者がシエルに傷を付ける事なんてできないはずだ。なのに、怪我をしているという事は、
「いけません、早く怪我の治療を! シエル様行きますよ!」
急にジニアが大きな声を上げた。
「こんなのかすり傷だから大丈夫なのにー」
シエルの発言を最後まで効かずに、ジニアはシエルの腕を掴んで水場へと連れて行った。
そこで傷口を丁寧に洗った後、ジニアはいつの間にか持って来ていた包帯で傷口を覆っていく。その手付きは慣れたもので、何度も繰り返していた事がわかる。おそらく、自分に対して何度も行った事があるのだろう。
「はい、これでひと先ずは大丈夫です。あまり動かさないでくださいね」
「おー! すごーい! さっきまでジンジンしてたのに、ほとんど痛くなくなったー」
「それは良かったです。それにしても、シエル様の手の平、かなりの皮の厚さですね」
「んー? 自分ではよくわかんないけど……多分いっぱい戦ってきたからかな」
シエルはファイティングポーズを取り、虚空へと向かって拳を繰り出す。
ふむ、鋭い良い拳だ。また腕を上げたな、シエルの奴は。
「ああ、駄目ですよそんなに動かしちゃ……」
心配そうにシエルを見つめるジニアに俺は質問を投げ掛けた。
「そうだジニア。一つ聞きたいんだが」
「はい、なんでしょう?」
「『イグナイツ』って冒険者パーティ知っているか?」
「イグナイツ……イグナイツ……ああ、あの有名な冒険者パーティの事ですか?」
何度か俺の言葉を反芻したシエルは、そいつらの事を思い出したようだ。
「そんなに有名なのか?」
「はい、王国の中でも屈指の冒険者パーティだと聞いております。何でもギルドでも最上位クラスだとか」
なるほど、一応さっきの人間達は名の知れた冒険者達のようだ。シエルが怪我をしてしまったのも納得できる。それに、鎧の繋ぎ目を狙って攻撃してきた冒険者なんて今まで一度たりとも出会った事はなかった。事前に戦う相手の情報をしっかりと集めて対策を練って来るあたり、その辺の雑魚とは違う事が理解できる。
あのレベルの冒険者達がうようよ居るのであれば、今の村よりも大きな町や都市を攻めるのは難しい。だが、あのレベルで最上位クラスなのであれば、どうにでもなる。
それに最近ではどうにも俺が討伐対象となっているらしい。禍根を立つためにも、俺を討伐対象だと触れ込んでいるギルドがある王国は、早めに潰しておく必要がある。
「なるほどな、そういう事だったか」
「いくらクライ様達が強くても、油断ならない相手かと思います」
ジニアは俺達の事を案じてくれているようだが、
「いや、そいつらは今倒してきた」
「……はい? 今なんとおっしゃいました?」
「ああ、たった今倒してきた」
そんなに驚く事だろうか。確かに、ジニアの前では戦う姿を見せた事はなかったし、力を見せた事もないからな。
毎日来る数人の冒険者を屠る程度の実力はあると思われていたようだが、それ以上を知らないのも無理はない。
「そ、そんな……毎日毎日冒険者を傷一つなく倒していたので、相当強いとは勝手に思っていたのですが……まさか、あの『イグナイツ』と戦って、シエル様の手の怪我だけで済むなんて……。はっ! クライ様にお怪我はありませんか!?」
「心配ない。怪我一つ負ってない」
「それは嬉しい事なのですが、何だがあまりの強さに言葉が無くなってしまいますね」
「そうか? そこまで強くもなかったぞ。それよりも今は――」
――ぐぅううううううぅうう。
盛大にお腹の音が鳴った。俺ではなく、シエルが、だが。
「ジニア! ご飯にしよっ!」
「あ、はい、かしこまりました。今ご準備いたします!」
せわしなく動き回るジニアを見ながら、今日の晩御飯は何だろうかと考える事にした。
数日後、屋敷の部屋の中にシエルとジニアを呼んでいた。
二人は俺の目の前あるソファに座っている。俺もソファに深く腰を掛け直した。
「今日は今後の計画について、二人に話そうと思う」
二人は黙って頷き、俺の方をじっと見つめている。
「まずは……この拠点を放棄する事にした」
最近はほぼ毎日冒険者が俺達を襲撃にやって来る。追い払うのは造作もないが、こう毎日続くと体力、精神がともに削られていく。さらに、俺が懸賞金が掛けられた討伐対象である上に、この拠点が既にギルドに知られているのも問題だ。一息つくためにもまずは拠点を変える必要がある。
だが、そうする上で一つだけ必ず聞かなければならない事があった。
「ジニア」
「はい、なんでしょうか」
「お前は、どうしたい? ここに残るか、それとも……」
俺達についてくるか、と聞こうとする。が、俺がそれを口にするよりもジニアは、
「もちろん、一緒に行きます。いえ、行かせてください。もし、連れて行けないというのであれば……私を、殺してください、今すぐに」
俺は人間を殺す。それは約束された事項で覆る事はない。だが、今ジニアを殺したいかと言われればそんな事はない。ああ、やはり俺は矛盾しているかもしれない。
最近ではジニアを頼っている節が多々あった。主には胃袋関連になるが。
旅を共にしてくれるのであれば、日々の食事の質は向上するだろうし、シエルの願いだって叶えられる。冒険者達の襲撃のせいで、最近ではシエルが料理を練習する時間はあまり取れていない。移動中であれば人間達の襲撃も少なくなるだろうから、そこで一緒に練習してもらうのもいいかもしれない。
「いや、わかった。一緒に来てくれ、ジニア」
「勿論です。クライ様」
ジニアはソファから立ち上がり、恭しく頭を下げた。
「覚悟はあるようだな、ならばいい。では次だ……」
「はーい! 王国へ行くんでしょ?」
俺が話す前にシエルが会話に割り込んできた。
元気いっぱいに手を上げているシエルからは、連日の疲れが溜まっているようには見えない。
王国、それはシエルが逃げて来た国の事で、正式名称はエーベッヒ王国と言う。
クーデターが起きる前はシュテルライツ王国だったらしいが、国王が変わってからこの名前になったと聞いている。
「そうだ。俺達は今、王国含め近隣の町のギルドから討伐対象に指定されている。ここ数日間の冒険者の襲撃は、それが原因だ。おそらくだが、相当額の懸賞金を掛けられている事だろう」
「クライだもんね。高くて当然だよ」
どうしてか嬉しそうなシエル。
俺への懸賞金が上がれば上がるほど、自分の身にも危険が迫っているという事がわかっていないのだろうか。いや、シエルであればそれが分かった上で、楽しんでいる説すらありうる。
「それに、だ。今後はシエルにも懸賞金が掛けられる可能性がある。いつ襲われるかわからない状況下で長期戦を行うよりも、短期決戦を仕掛けたい。具体的には近隣の冒険者ギルドがある街から襲撃をしていく。そして、最後には……」
「王国を滅ぼす!」
目を輝かせるシエル。意図は分からないが、王国に攻め入る事が楽しみとでも言わんばかりの目をしていた。
元王国の姫であったシエルには思う事があるのだろうか。もし、シエルにやりたい事があるのであれば、復讐でも何でも手伝うつもりだ。
「そうなるな。ただ、一般市民や低ランクの冒険者どもはどれだけいても問題ないが、王国軍や高ランクの冒険者となると今までのようにはいかない。ましてや、王国には魔王軍を倒す原因となった『勇者』と呼ばれる人間が存在する。コイツだけは本当に要注意だ」
そもそも軍相手に単身で挑むなど正気の沙汰じゃない。ただ死にに行くようなものだ。正面から突破するのであれば、こちらにも同じだけの戦闘能力を持つ軍が必要だろう。
もちろん、そんな事を俺ができるわけがない。であれば、今回は他者を頼る事にする。
今までは自分達を越える程の戦力差がある状態での戦闘は行ってこなかった。というか、そんな状況で戦うなど愚の骨頂でしかない。
「それでどうするつもりなの? あたしでも数万人規模の相手は難しいかなー、って」
難しいで済むわけがない。そこに待つのは死のみだ。
「ああ、だから今回はアイツを頼る事にする」
「あいつ? あたし達に知り合いなんていたっけ?」
シエルを育て始めてから10年間、ジニア以外に知り合った奴なんていない。それは魔族、人間、両者ともにだ。
「そうか、シエルは会った事がなかったか」
一応シエルの命の恩人の一人になるのだが、好んで会わせたい相手ではなかった。
可能な限り連絡を取りたくはないが、他に手段がない以上贅沢を言ってはいられない。
最後に連絡があったのは魔王軍が滅んだ時だ。確か『魔王軍は滅んだが、私達は必ず蘇る』と言っていた。おそらく、今でも再び魔王軍を再編しようと目論んでいる事は間違いない。
「よし。では今からアイツに連絡しよう」
「……今から、ですか?」
ジニアは不思議そうに俺を見ているが、気にせず俺は続ける。
「おい、アモン! 今でも俺達を見ているんだろ!」
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