第17話 冒険者との戦いの中で3(シエル視点)

「よーし、ぶっ飛ばすぞー!」


 右肩、左肩を順に回して動かす。戦う前の準備運動はしっかりしておかないとね。

 ま、あんなやつらだったら準備運動すらいらないんだろうけど。


「おいおい嬢ちゃんよぉ、無理して戦う事なんてねぇんだぜ」


 弓男は軽口を叩く、耳障りだ。

 確かさっき、クライに手を出したのはあいつだ。絶望を味合わせてやろう。


「そうね。アタシたちなら、あんたを助けられる」


 拳女は訳のわからない事を言っている。

 どうしてあたしが助けられなければならないのか。助けてくれるのはクライだけでいい。

 ああそうだ。この拳女、使えるかもしれない。

 弓男をどう調理するかを考えていたが、ちゃんと下ごしらえをしないといけなかった。ジニアも最初にシタアジ(?)を付けておくのが大事だって言ってたっけ。

 じゃあさっそく、料理を開始する事にしよう。


「ふっ!」


 一気に踏み込む。拳は腰だめに構え、姿勢は低くして突撃する。


「話が通じないみたいだね! フリーダ! 援護しな!」

「あいよ! 《ペネトレイトアロー》」


 矢が放たれる。続けざまに三発。

 避けるのは簡単だ。この程度であれば身体を少し反らすだけでいい。だが、三発目を避けた先には手甲を装備した拳が迫る。


「あーもう! めんどくさい!」


 拳を左腕でガードするが、衝撃で少しだけ怯む。そこへ弓男がすかさず攻撃をしてくる。

 この状態で避けるのは不可能、であれば空いている右手で矢を掴むしかない。


「……むっ」


 何とか目の前で矢を掴む。少し手を怪我するが、大した問題はない。


「ひゅーう! この距離で矢を掴むなんてな」

「フリーダ! 攻撃の手を緩めるんじゃないよ!」

「はいよ、セトの姉さん! 行くぜっ!」


 やはり二人同時に相手取るというのは中々に難しい。それに加えて相手の連携もバッチリだから、それはもう面倒くさい。

 だが連携が取れているという事は、つまりはお互いに信頼できているという事。いい下ごしらえができそうだ。じゃあまずは、また一気に踏み込んで、


「また同じ手かいっ!」


 弓を避けながら距離を詰める。それに合わせて拳女の拳が飛んでくるが、その拳に合わせる。

 あたしはもちろん素手、でも相手は手甲。普通だったら負けるのはあたしだけど、


「はあああああっ! ……ぐぅ!? アタシの腕がっああああああ!」


 あたしの拳が、手甲を付けた拳女の拳ごと破壊した。

 さっきはちょっと油断したけど、よくよく考えたらゴリ押しが効く程度の相手だった。

 クライにはどんな相手でも侮るなかれと教わっている。最初から力押しでいいような気がするんだけど、クライが言うんだから正しいのだろう、多分。

 粉砕された腕を抱えて喚いている拳女を掴み、すぐに弓男の上空へと投げ付ける。

 人間を投げつけると思っていなかったのか、弓男は弓を下し拳女を受け止めようとするが、


「セトっ……!! はっ……!?」

「うりゃあ!!」


 助走を付けて勢いよく弓男を殴った。

 もちろん殴りつける瞬間に、とある事をするのを忘れない。

 そして、あたしの上空から落ちてきた拳女をキャッチする。このまま殺しちゃったら、さっき手加減してあげた意味がないもんね。


「……セトを離せっ!」


 弓男が殴られた腹を抑えながら、ふらつきつつも起き上がった。


「いいよ」


 あたしは言われた通りに手を離す。拳女はそのまま床に落ちた。


「ギャッ……! ゴホッ、あ……ゲホッ……」

「ふざけるな! クソガキ!」


 弓男の言う通りにしてあげたのにどうして怒っているのだろう。


「今すぐお前をハチの巣に……!?」


 やっと気づいたようだ。アーチャーのくせに自分の武器をちゃんと持っていないなんて、三流もいいところだ。


「あ、今気づいたんだ」


 あたしは手に持っている弓と矢筒を見せびらかす。

 弓の無いアーチャーなんてただの雑魚。一応いくつかナイフを持っているようだけれど、こちらへ間合いを縮める前に拳女を殺すのは容易い。


「お前っ! 今殺して――」


 怒りの形相であたしを睨みつけているが、その表情がどう変わるかが楽しみだ。


「んー? いいのかなぁ? そんな事を言っ、てぇ!」

「ぐ、う、ああ……」


 うつ伏せになって呻き声を上げる拳女の背中を踏み付ける。そして、矢筒から矢を一本取り出し、


「まずは一本」

「いああああっ、あああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 右太ももに矢を一本突き刺した。その後、もう一本矢を取り出す。


「や、やめろっ!」

「次はねー、えいっ!」

「あああっ、い、痛い、痛い痛い痛いぃぃぃ!」


 左太ももを貫通させ、そのまま地面に縫い付けた。


「やめろっ! 止めてくれっ! 俺が悪かった、だから……」

「はーい、よろしい。どっちが、立場が上なのかわかったよね」


 矢筒にはまだまだ矢が入っている。長い時間楽しめそうだ。


「わ、わかった、わかったから!」


 泣きそうな顔の弓男。まあ、今は弓を持ってないからナイフ男だけどね。


「じゃあねー、今腰に付けてるそのナイフを自分の太ももに刺して」

「……はっ?」


 弓男の動きが止まった。あたしの言った事が伝わっていないみたい。

 じゃあ、わからせてあげないとね。再び、矢筒から矢を取り出して、


「わ、わかった、太ももにっ、刺せばっ、良いんだな! わかったから止めてくれ!」

「じゃあ、ほら、早く早く」


 弓男はその場に座り足を伸ばす。そして、レザーアーマーの隙間にナイフをゆっくりと当てた。

 弓男の表情は徐々にあたしの望んだ表情になってきている。額から滝の様な汗を流しており、呼吸が浅くなって回数が増えていた。


「はぁ……すぅ、く、はぁ……いくぞ、は――いぎぃいいぃいいいぃいいいいぃいい!!」


 ナイフはしっかりと根元まで、弓男の右足に突き刺されていた。


「……っ、はぁ、あ、はぁ……これ、で、これでいいのかっ!」


 あたしの言った事の意味がやっぱり伝わってなかった。

 ちゃんと人の話は聞かなきゃダメなのに。あたしは頬を緩ませながら、


「えーいっ!」

「いだいいいい!? 止めていいだいから痛いの、ねぇ、お願いやめて、あああ、止め……」


 拳女のボロボロになった腕に矢を突き刺した。


「止めろっ! お前の言う通りにしたじゃないかっ!」


 涙なのか汗なのかがわからないが、顔面がびしょびしょに濡れている弓男。


「え? ナイフもう一本持っているのに?」

「へぁ?」

「だからー、言ったじゃん。ナイフを太ももに刺してって」

「あ、ああ、ああ……」


 血の気が引いて顔が真っ青、いや、真っ白になった弓男。

 そうそう、この表情この表情。あたしの望んでいた表情だ。

 少しだけイライラが無くなってきたかもしれない。

 ナイフの次はどうしようかな――


「おい! シエル!」


 背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。そこに現れたのは白銀の大剣士。

 あたしは驚いて声が上ずった。だって、いきなり目の前に大好きな人が現れたんだもん。


「あっ、ク、クライ?」

「なんだ、まだ終わってなかったのか、こっちはもう終わったぞ。……ん? いや、さてはお前、遊んでたな?」


 まずい、人間で遊びすぎたかもしれない。この前も遊びすぎないようにって怒られたんだっけ。何が悪いのかわからないけど、クライが言うのだからしょうがない。


「いや、あー、うん、その、ね? クライ」


 やばい、怒られる。


「ね? だけじゃ何を言いたいのかわからん。が、今はそんな事はどうでもいい」


 フルフェイスの兜のせいでクライの顔が見えない。かっこいいクライの顔が。

 そのせいでクライの表情が読み取れない。でも、口調だけだと少し怒っているような気もする。


「どうでも、いいの?」


 恐る恐る聞き返してみるが、


「ああ、腹が減ったから、すぐに終わらせて帰ろう」


 陽は少し落ちてきており、遠くの空はオレンジ色に染まってきている。

 どうやら、あたしが怒られる事にはならなそうだ。そんな事を思って安心すると、


「あたしもお腹減ってきた!」

「ああ、早く帰ろう。手伝った方がいいか?」

「ううん。今終わらせるね」


 あたしもお腹が空いてきたし、クライも早く帰りたかってる。

 だったら、やる事は一つ。あたしは拳女を踏み付けていた足を上げ、そして再度踏み抜いた。

 踏み抜いたのは頭。拳女の頭がスイカを落としたかのように飛び散った。


「あ、あああ、あああああああ!」


 奇声を上げる弓男。今はクライと話をしているのに、うるさいなぁ、もう。

 それを見ていた弓男は足を引きずりながら立ち上がった。逃げようと思ったのか、あたし達から距離を取ろうとしている。

 仲間が死んだらすぐに逃げるなんて、薄情じゃあないかな。

 まあでも人間なんてこんなもんだよね。

 怪我を庇いつつも少しずつ距離を取ろうとしている弓男に走って近づき、


「ばいばい」


 あたしはちゃんと別れを告げてから、拳で脳天を打ち砕いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る