第16話 冒険者との戦いの中で2

 シエルにはあのパーティの半分を任せた。であれば、俺は残りの半分を片付ける事にしよう。

 俺は大剣を肩に担ぎ、距離を詰めるために走り出しす。

 それを見た魔法使いの女、オルガは、俺の動きを妨害するために魔法を繰り出してきた。俺の足元で何か爆ぜるような感覚が広がり、


「燃えなさい! 《フレイムピラー》」


 女が叫んだ瞬間、足元から何本もの火柱が燃え上がる。

 人一人をすっぽりと包み込む太さの炎は、通常のゴブリンであれば即死だろう。

 鎧があるのでこの程度の炎であれば問題にもならないが、念のため俺は回避をしながら間合いを詰める。


「足止めすらできんかっ!」


 驚きを隠せていない戦士の男、グラム目掛けて担いでいた大剣を振り下ろした。

 土埃が舞い上がる。が、仕留めた感触はない。


「ほう、避けたか」


 今までの冒険者どもは俺の初撃すらも対応できない雑魚ばかりだったが、今回の相手は一筋縄ではいかないかもしれない。


「……力も速さも凄まじいな、貴様は。まるで人間の膂力ではないくらいに、な。やはり、中身はゴブリンだという噂は本当だったか」

「だったら、どうだというんだ?」


 俺はグラムに対して返事をし、再び肩に大剣を担ぎなおした。

 グラムもすぐに直剣を構え直し、


「ならどうして、女の子を戦わせているんだ!」

「戦わせているだと?」


 むしろ、目を血走らせて戦いに臨んでいるのはシエルの方なんだが。

 気付くと、既にシエルたちは近くにいなかった。シエルは拳闘士の女と弓士の男を上手く誘導できたようだ。お互いに1対2の構図が取れている。目論見通りだ。


「そう、ギルドでも報告があったのよ。『鏖鎧の戦鬼』の側には女の子の戦闘奴隷が居るのだと」


 魔法使いの女、オルガは俺の事を睨みつけている。

 まるで俺がシエルを無理矢理に戦わせているみたいじゃないか。


「貴様は恥ずかしくないのか? 少女を戦わせるなんて。所詮はゴブリンか、いや、話ができる程度のゴブリンかっ!」


 勢いに任せてグラムが斬りかかってくる。

それに合わせて俺も大剣を振るう。そのままグラムを弾き飛ばそうとしたのだが、俺の剣とグラムの剣が交わる瞬間、上手い事いなされる。


「何っ?」

「甘いな!」


 肩と胸が斬りつけられた。もちろん、鎧を貫通して俺にダメージが入る事はない。

 この一瞬で二撃もの攻撃を入れたグラムは、大きくバックステップをして間合いを離す。そして、間髪入れずに、


「死になさい! 《アイシクルレイン》」


 無数の氷柱が俺めがけて振ってくる。

 ダメージが無いとはいえ鬱陶しい。大剣を頭の上に思い切り振って衝撃波を飛ばす。


「ええい、《ショックウェーブ》!」


 降り注ぐ氷柱を衝撃波で吹き飛ばした。

 それを好機とみたのか、剣を振り切ったその瞬間、目の前に戦士の男、グラムが現れた。一瞬の隙ができた俺に切りかかって来る。先ほどの攻撃は陽動だったか。


「沈め、戦鬼っ!《シャープスティール》」


 魔力によって切れ味を上げた剣が俺に迫って来る。

 だが、この程度の攻撃で俺の鎧を貫けるはずが、


「……ちっ、首か」


 グラムの剣が狙っているのは、俺の首。鎧と兜の間。いくら鎧が強いと言えども、鎧が無い部分はある程度無防備だ。

 冒険者どもの間では随分と俺の情報が出回っているみたいだ。おそらく事前にある程度対策が研究されているという事だろう。

 身体を逸らして避けようとするが、足が動かない。

 いつの間にか、足首まで鎧ごと地面に埋まっていた。


「馬鹿ね、私の《バインドスワンプ》に気付かないなんて。今よっ、グラム!」

「はあああああああああっ!」

「ちっ……!」


 足は固定されながらも上半身だけ反らして攻撃される位置をずらす。

 直剣は兜の顎に当たり弾かれた。


「ぬっ!? ずらされたか!」


 俺は目の前にいるグラムの腹を殴りつけた。


「ごはっ……!」


 吹き飛ばされるグラムだが、空中で体制を整え地面に着地する。だが、ダメージに耐え切れなかったのか、グラムは膝をついた。

 そこへすかさずオルガが近づき、


「大丈夫!? グラム! 《オートヒーリング》」

「助かる、オルガ。一発で鎧が持っていかれるとはな」


 地面に膝をついていたグラムは立ち上がる。腹を触ろうとするが、その部分だけ鎧に拳大の穴が空いていた。


「グラム、あまり無理をしないで。もう少ししたら、セトとフリーダがあの女の子を捕まえて戻って来るわ。それまで時間を稼げれば私たちの勝利よ」

「分かっている。それまでは耐えるとしよう」

「あの女の子を助けて、全員で帰りましょう」


 そう言って杖を構えるオルガ。


「そうだな、少女を戦闘奴隷にしてるクズは俺達『イグナイツ』が討伐する」


 グラムも意気揚々と直剣を構えた。


「…………ん?」


 ふむ、やはりこいつらは勘違いしている。俺はシエルを一度もけしかけた事なんてないし、無理やり人を襲わせた事なんてない。全部シエルが自発的に行っている事だ。

 戦い方を教えた事は確かにあるが、シエルに対して何かを強制させた事なんてない。服を着せる事以外は、だが。


「……まあ、いいか」


 微妙に納得は出来ないが、誤解を解く必要はない。なぜならば、


「……! グラム、嫌な予感がするわ」

「落ち着け、俺達は時間を稼ぐだけで――」


 どうせ、今殺すのだからそんな事は関係ない。


「《バインドクライ》」


 ――――UGAAAAAAAAAAA!!!!!!!


 滅んだ村中に響く咆哮。それは聞いた者の身体を硬直させる。

 《バインドクライ》はただのゴブリンの咆哮だ。だが、ありったけの俺の魔力を込めた咆哮。

 それを聞いた者は一時的に身体の動きを鈍らせる。

 俺は泥沼から力づくで抜け出し、間合いを詰める。


「なっ、これ――は?」


 グラムは最後まで言葉を発する事なく、首と胴体が切り離された。

 大剣で一閃、ただそれだけ。噴き出した血は、地面を斑模様に赤く染める。

 上位の冒険者の実力もある程度はわかった。コイツにはもう用はない。

正直、連日の襲撃で疲れているので、今すぐ終わらせたい。そして、早くジニアの作った晩御飯を食べたい。

 戦闘中に飯の事を考えるなんてな。だいぶ気が緩んでいるのかもしれない。

 もしかしたら、餌付けされている可能性もあるかもしれないが……まあ今はそんな事よりもやる事がある。


「ひぃっ! そんな……グラム、グラムぅぅぅぅぅぅぅ!!??」


 戦場で泣き叫ぶなど愚の骨頂。攻撃してくれと言っているようなものだ。

 俺は渾身の力で大剣を投げつけた。


「あ……ごぼぉぁ……ああ、あ、あ……」


 大剣はそのままオルガの身体へと突き刺さる。虫の標本のように地面に縫い付けられたオルガだったモノは、あたりに臓物をぶちまけた。

 大剣を地面から引き抜く。これらの男女の死体は後ほど燃やしておかないとな。


「さて、と。様子でも見に行ってみるか」


 今一番気掛かりなのはシエルの事だ。

 俺は何も教えていないのに、どうしてかあいつは人間で遊ぶ癖があるからな。足元をすくわれなければいいんだが。

 大剣を背中に収めて、俺はシエルを探す事にした。

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