第15話 冒険者との戦いの中で

「さてと、どうしたものか」


 俺は一人ソファに腰掛けながら、今後の活動方針を検討していた。

 最近、魔族狩りが苛烈になっている事は知っていた。それが、こうも火の粉が自分達に振り続けるとは思っていなかった。もちろん、遅かれ早かれこうなるだろうとは予測していたが。

 昨晩も、俺達を殺しに来た冒険者どもを皆殺しにしたところだ。

 日に日に襲って来る冒険者の量も質も増している。今はまだ余裕を持って対応できているが、流石に連日襲撃されるとなると体力や精神の摩耗が激しい。

 シエルも何人もの冒険者を屠ってきているが、最近では少し疲れた様子だった。

 最初はあれほど料理の練習をしていたのに、今はほとんど練習できていないようだ。ジニアの作る美味しい料理が食べられるのであれば俺としては一向に構わないが、シエルとしては結構溜まっているんじゃないだろうか。

 ちなみにだが、俺はシエルが作ったちゃんとした料理を食べさせてもらっていない。最初に一回だけ真っ黒な物質を出されたのだが、それ以降は「まだ練習中だから」と言って食卓に並ぶ事はなかった。

 そんな事を考えながら、今日の所はもう寝て過ごそうかとソファに横になった瞬間、


「クライ! また来た!」


 勢いよく扉を開け放ったのは、今日の見張り当番のシエルだった。

 見張りは俺とシエルで交代交替で行っており、ジニアはそのローテーションには入っていない。だが、代わりに食事はジニアに作ってもらっていた。


「何! 今日で何日連続なんだ!?」

「知らないよ! あーもう! あたしイライラしてきた!」


 肩を回しながら話すシエル。やる気、いや、殺る気は十分みたいだ。

 流石に俺も辟易している。ただ、契約による衝動を自動的に抑える事ができると考えると、そこまで悪い状況ではないのかもしれないが、


「シエル! さっさと片付けるぞ!」


 なんにせよ面倒くさい事には変わりない。


「よっしゃー!」


 俺とシエルが出撃のために玄関の方に向かうと、ジニアが玄関前で佇んでいた。


「それでは、いってらっしゃいませ。ご武運を」

「ああ、行ってくる」

「今日の晩御飯はお肉ね!」


 シエルの去り際の要求にジニアは、


「ふふっ……かしこまりました。ご用意してお待ちしております」


 ジニアはメイド然とした言葉づかいで、微笑みながら返事をしたのであった。




 鎧を纏った俺の後ろに隠れるようにシエルはついてきていた。

 敵が来ているからといって、いきなり攻撃を仕掛けたりはしない。出来るだけ情報を集めてから、可能な限り有利な状況で戦闘を始めるのが対人戦のセオリーだ。

 気付かれないように近くの廃墟に潜み、冒険者達の様子を伺う。


「皆! ここが奴の拠点だ。気を抜くなよ」


 くすんだ鎧を身に纏い、直剣を腰に下げた男がそう言った。


「ええ、わかっているわ、グラム。……倒しに行った冒険者達は数知れないのに、誰一人として帰ってきていない。その中には私達と同じ階級のパーティも居た」


 黒いローブから白い髪を覗かせる女が返事をする。


「心配し過ぎっしょ。オルガちゃんも気を張りすぎだってば。そんなんじゃ、いざという時に動けないよ」


 軽口を話しながらも周囲の警戒を続けているのは金髪の男。レザーアーマーを装備しており、弓を持っている。腰には矢筒がぶら下がっているのが見えた。

 その金髪の男の頭を小突いたのは、同じくレザーアーマーを装備した赤髪の女だった。


「フリーダ! あんたは気を抜き過ぎだよ! 怪我してもしらないよ」

「痛ってぇなぁ!? セトの姉さん!」


 その女は手には手甲、鈍く輝いている。


「セト、もしもの時はフリーダを頼むぞ」

「あいよ、アタシに任せな」


 どうやら彼らは四人パーティの冒険者のようだ。

 戦士の男はグラム、全身鎧で直剣を持っており、冷静さが垣間見える。

 魔法使いの女はオルガ、黒いローブはおそらく火耐性のモノだろう。

 弓士の男はフリーダ、腰の両サイドにはナイフを収めている。近距離も要注意だ。

 拳闘士の女はセト、この中で一番強い気配がする。

 さて、正面から突破してもいいが、可能な限り力は温存しておきたい。明日もまた襲われるかもしれないため、全ての力を使い果たすわけにはいかない。

 どう攻略しようかと頭を悩ませていると、俺の後ろに居たはずのシエルが居なかった。


「ん? シエルの奴どこに――」



「どおおおりゃああああああああ!!!!!」



(――何やってんのあの子……!?)


 開いた口が塞がらない、とはこういう事を言うのだろうか。

 そういえば、さっきイライラしていると言っていたような気がする。多分、我慢の限界だったのだろう。だからと言って、単身突撃は止めてほしいものだが。

冒険者達の背後からシエルはいきなり飛び蹴りで突っ込んで行く。

史上稀に見るダイナミックエントリーだ。

 おそらく、これであのパーティは混乱に陥り、シエルの驚異的な破壊力に蹂躙される事だろう。

 シエルは元々の膂力自体が尋常じゃない。さらに、シエルが得意とするのは《身体強化》の魔法だ。それだけで全身が凶器になり得る。

 王族のままに育っていれば、いろんな魔法が使えたのかもしれない。だがそれはもしもの話、俺は魔法を教える事なんてできなかった。だから俺は、自分も使える《身体強化》だけを教え、こう言ったのだ、「ありったけの魔力を《身体強化》に込めろ」と。


「ご愁傷様、としか言えないな」


 シエルの飛び蹴りは赤髪の拳闘士の女、セトめがけて、


「……はっ! なんだ、くっ!?」


 セトは両腕の手甲でシエルの飛び蹴りを受け止めた。

 シエルはセトの腕を踏み台として、大きくバックジャンプ。一回転して、俺の目の前で着地した。

 俺とシエルが冒険者の四人に対峙する。


「痛ててて……どんな馬鹿力しているんだい、その娘は」


 腕を振りながら俺達に話しかけるセト。

 シエルの攻撃を受けて、痛いで済むとは。俺ですら受け止めるのは一苦労だと言うのに。


「ほう……シエルの攻撃に気付いたうえで防ぐとはな」


 どうやら、今までの様な雑魚とは違うようだ。

 もう少し情報を集めたかったが、口火を切ってしまったものはしょうがない。ここに来た事を後悔させてやるしかない。


「貴様が、『鏖鎧の戦鬼』か」


 戦士の男、グラムが俺を見てそう言った。

 おうがいのせんき? なんだそれは。


「知らんな」


 俺は背負っていた大剣を両手で握りしめて構えた。

 冒険者の四人も臨戦態勢に入るが、シエルだけはいつもの様子で、


「ねぇねぇクライ、半分こしよ?」


 シエルは全く空気を読まずに俺に聞いてきた。


「今回はそう簡単な相手じゃなさそうだが、やれるか?」

「うん、楽勝! えっとね、あのお姉ちゃんと――」


 まるで品定めでもするかのような、余裕のあるシエルの態度。まあ、シエルが楽勝と言っているならおそらく楽勝なんだろう。ここはひとつシエルを信じてみよう。もし何かあれば、俺が助けに入ればいいだけだ。


「何、俺達抜きで話進めんてるんだよっ! 《ペネトレイトアロー》」


 弓士の男、フリーダは俺めがけて矢を放った。

 魔力で貫通力を上げているが、その程度で俺の鎧を傷つける事なんてできない。避けるまでもない攻撃だ。

 その予想通り、矢は俺の胸に当たり、弾かれた。


「……あ?」


 なぜかその瞬間、シエルがドスの効いた声で言葉を発した。


「よし決めた。あたしの担当はそのお姉ちゃんと金髪のクソ野郎で、いいよね?」

「あ、ああ、もちろんだ」


 いいえ、などとは決して言ってはいけない様な怖い笑みを浮かべるシエル。

 こうなったシエルは止められない。


「それじゃ、うりゃあ!」


 シエルはいつの間にか先ほど弾かれた矢を拾っており、冒険者達に向かって投げ付けた。

 それは誰にも当たらなかったが、開戦の合図にはなったのであった。

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