第14話 平穏の中で

 あれから数日後、体調が回復したジニアはシエルに料理を教えていた。

 調理場にいるそんな二人を、俺はこっそりと覗いていた。なぜなら、


「ええ、本当に。クライ様は素敵な御方です」

「でしょー! ホントにクライってば恰好いいんだから!」


 俺の事が話題に上がっていたからだ。二人の会話に聞き耳を立てる事にした。


「……私はシエル様が少し羨ましいです」

「んー?」

「小さい頃にクライ様に拾っていただいたんですよね? 私も、売られ先がクライ様のような御方だったら良かったなって……」

「……えいっ! えいえいえい」

「あはははははは! ちょっと! 危ないです!」


 シエルがジニアの脇腹をくすぐっていた。

 一しきりジニアを弄ったシエルは、少しだけ真剣な表情で、


「ふぅ……起きた事を後悔してても、前に進めないよ」

「シエル、様?」

「今、クライに助けれられたんだったら、それでいいじゃん!」


 破顔するシエルにジニアも笑みを返していた。


「ふふっ、そうですね。クライ様のおかげで私は助かりました。この命はクライ様のために尽くしたいと思います」

「うむ! その心意気や良し!」


 なんでシエルが偉そうなんだ。


「それで、シエル様。少しお聞きしたい事があったのですが」

「なにー?」

「シエル様は、その、クライ様の事がお好きなのでしょうか?」

「うん! 大好きだよ!」


 二人の様子を覗いているのが、悪い事をしているような気がしてきた。


「いえ、あのそうではなく……クライ様の事が好きなのは、家族として、ですか? それとも一人の男性として、ですか?」


 俺は人ではないが、なんていう突っ込みは野暮だろう。


「んー? わかんない」

「わからない……ですか」

「うん。どっちでもいいもん、そんなの。だってあたしがクライを好きなのは変わらないから」


 嬉しい事を言ってくれるものだ。後でシエルの頭を撫でてやろう。


「……ふふっ、そうですね」

「何笑ってるのー? ってか、ジニアもクライの事好きでしょ?」

「え……いや、あのっ……」


 急にジニアの顔が紅くなった。


「え……? ホントに、クライの事好きなの。……っ、駄目だよクライはあげないよっ!」

「シ、シエル様っ!」


 何故か二人ともに焦っているが、料理に失敗でもしたのだろうか。

 さて、そろそろこの場を去る事にするか。

 俺は胸が暖かくなるのを感じながら、調理場に背を向けるが、


「ねー、クライ! さっきからそこで何してるの?」

「なに!?」

「え、あっ、ク、クライ様っ!?」


 気配を殺せていたと思っていたのだが、気付かれていたとはな。

 普段から周囲の警戒を怠るなと教えていた成果が十二分に発揮されているようだ。


「気付かれていたとはな……やるなシエル!」

「でしょー! 常日頃から周囲に気を配っておけってクライ言ってたもんね。褒めて褒めて!」


 駆け寄って来るシエルの頭を撫でる。ジニアはそれをじっと眺めていた。


「……ジニアも来るか?」

「えと、あの……いいのでしょうか?」


 おずおずと質問をするジニア。


「シエル、いいか?」

「なんであたしに聞くの? クライがしたいならすればいいじゃん」


 少しトゲのある言い方をするシエル。


「なら、問題ないな。ほら」

「…………っ、はいっ!」


 ジニアが顔を紅くしながらも、頭を差し出してくる。俺はそれをゆっくりと、そして優しく撫でてやる。


「……クライはあげないよ」

「ふふっ、シエル様。わかっていますよ……あ、そうだ。さっき私はクライ様について、その、素敵だと言っていましたが、シエル様もそれに負けないくらい、素敵ですよ」


 今度はシエルの顔を真っ赤になっていた。


「っ!? ……ク、クライは、あげないよ!」

「ふふふっ」


 いつの間に二人はこんなにも仲良くなっていたのか。シエルは俺ができない、コミュニケーションとやらが実践できているみたいだ。

 その後、二人が満足するまで頭を撫で続ける事になったのであった。

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