第13話 夢の中で2(ジニア視点)

 どうやら私は気を抜いてしまっていたらしい。

 クライ様にベッドに運ばれた時には、完全に自分が風邪を引いていると確信していた。

 まだ屋敷の掃除が残っているというのに、何という体たらくだ。

 でも、風邪を引いてしまったのだったらしょうがない。今は身体を治す事に専念しよう。


「はぁ……はぁ……クライ、様」


 クライ様は不思議な人、いや、ゴブリンだ。

 ゴブリンなのに優しいし、シエル様や私の事を心配してくれている。

 なのに、私達の事は最後には殺す、らしい。その在り方は酷く歪で、私には理解できない。

 最後に殺すというのであれば、何故今殺さないのか。

 村中の人間を皆殺しにするくらい残虐なのに、何故。

 わからない。何もわからない。

 でも、彼は私を物のように扱わない。ご飯もくれる。水もくれる。寝かせてだってくれる。それで、頭も……撫でてくれる。

 ここ数年間の生活が嘘のように平和になった。楽しくなった。

 だったら、もういいのかもしれない。

 この幸せな気持ちのまま殺されるのなら、それが一番幸せなのかもしれない。

 そんな事を考えていると、いつの間にか側に白い人が立っていた。


「ジニア、大丈夫?」


 純白のドレスに映える金色の髪、そして深く碧い目。

 そこに居たのは未だにドレスを着ていたシエル様だった。

 こうして見ると本当にただのお嬢様のようにしかみえない。

 まあ、普段の言動を見ていると、お転婆という言葉だけでは表せないほどお転婆なのだけれど。

 そんな事を考えている私の顔を、シエル様はじっと見つめてくる。


「ゴホッ……大丈夫、です。シエル、様」

「そっか……あの、これ」


 私は何とか身体を起こし――起き上がれなかったので、シエル様が背中を押して手伝ってくれた。そして、シエル様から渡されたのは、


「これ、は?」


 元ご主人様が使っていただろうガラスのコップに、なみなみと注がれた薄黄色の液体。一瞬、飲んでも大丈夫なのかシエル様を疑ったが、匂いを嗅ぐとそれは甘く芳醇な香りをしていた。


「んとね、昔、クライが作ってくれたんだ。リンゴの搾り汁」

「……リン、ゴ」

「うん、飲んで!」

「……ありがとう、ございます」


 私はゆっくりとコップに口を付けた。

 口の中に広がるリンゴの甘み、なんとも優しい味だった。

 時間をかけて飲み干すと、シエル様が私に向かって笑みを浮かべる。


「全部飲めたら、すぐよくなるよ!」


 シエル様の事をよく見ると、ドレスの一部は破れており、所々が汚れていた。

 もしかして、この格好のままでリンゴを採りに行ったのだろうか。そんなに急ぐ必要なんてないのに。それなのに、わざわざ私のために持って来てくれたのだろうか。

 そういえば、私に対して怒っていた気もするのだが、思い違いだったろうか。


「ん? どうしたのー?」


 シエル様はそんな素振りなんて全く見せようとしない。というか、本当に怒っていないようだ。私の取り越し苦労だったらしい。

 シエル様を一言で表すならば――純真。そんな言葉が似合う人だと思った。

 皆が皆シエル様の様な方だったらいいのに、いや、それは言い過ぎかもしれない。

 人前で全裸になるような人ばっかりの世界では、私は生きていけない気がする。


「ほら、早く寝ないとダメだよ!」


 私は言われるがままベッドに横になった。


「それじゃあ、あたしはもう行くね」

「あの……」

「ん?」


 どうしてこの方たちは私の事をこんなにも助けてくれるんだろう。

 私が返せるものなんて何もないのに。いや、そうだ、私はもともとシエル様に料理を教えるために助けられたんだった。

 せっかく料理を教えるのだから、意中の人を虜にするような料理を覚えてもらおう。


「体調が治りましたら、ゲホッゲホッ……。クライ様が喜ぶような料理を、一緒につくりませんか?」


 私ができるの本当にただそれだけ、それしかない。


「……うんっ! 早く治してよね! 約束だよ!」


 シエル様は満面の笑みで部屋を出て行った。

 この約束を早く果たすためにも、体調を治す事に専念しなければ。

 私は心にそう固く誓った。

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