第12話 日常の中で
屋敷の中に何か面白いものがないか探索していた。
ここに来て早数週間、俺は人間の生活というモノに驚かされっぱなしだった。
ジニアの作る料理にも驚かされたが、それ以外にも興味深い物がたくさんあった。
一度火を付けたら燃え尽きるまで手入れが要らないロウソクなるアイテムや、自分の姿がそっくりそのまま映し出されるミラーなるアイテムは非常に面白い。
また、人間はベッドなる場所で寝る事は知っていたのだが、自分で初めて使ってみてその素晴らしさに感動した。その柔らかくも全身をしっかりと受け止めるベッド、頭を丁度いい高さに保つピロー、そして暖かくも柔らかいブランケット、ここまで睡眠を快適にするとは思っていなかった。
馬車小屋の藁の上で寝るのと大差ないと最初は思っていたのだが、まさかこれほどとは。今まで人間の住処は全て燃やしてきたのだが、勿体ない事をしてしまったと少しだけ後悔をした。
なんてそんな事を考えながら、廊下の装飾品を物色しながら歩いていると、向こう側からシエルが歩いてきた。全裸で。
「クライおはよー」
「おはよう、シエル」
おそらく水浴びでもしていたのだろう、全身がびしょびしょになっていた。気温の低い日なら風邪を引くぞと注意するのだが、今日は暖かく日光が燦然と輝いている。
であれば、多少裸でいても問題はないだろう。
そこに屋敷内の掃除をしていたジニアが、雑巾を持って小走りで近づいてきて、
「おはようございま……くしゅん! シエル様!? なんで裸なんですかっ!?」
掃除中に急に走ってきたためにホコリが舞っていたのだろうか。ジニアは大きなくしゃみをした後、シエルへと飛びついた。
「おはよージニア」
「駄目ですよっ!? いい歳した女性が裸でなんてっ!」
「大丈夫だよ? 裸で日光浴びるの気持ちいいよ?」
何故か両手を腰に当て胸を張るシエル。
引き締まった身体には無駄がなく、まるで作り物かのように美しい。
この体から繰り出される攻撃は、同年代の人間では到底なしえない威力がある。
「もう! 何でそんなにすぐに服を脱ぐんですかっ!」
「ジニアも脱げばわかるって、ほらほら」
「ゲホッゲホッ……ちょっと止めてください!」
ここ最近おなじみとなった、シエルとジニアのじゃれ合いを呑気に眺める。
「今日という今日は許しません……こっちに来て下さい! それにっ! クライさんも女性の裸をジロジロと見るのは失礼ですよ!?」
「お、おう。そういうものなのか」
それは人間世界での話で、ゴブリンにも当てはまるのだろうとも思ったのだが、ジニアの勢いに気圧されてしまった。
それにしてもジニアも大分元気になったものだ。一緒に食事をしてからは俺達に心を開いてくれたみたいで、なんだか楽しそうな雰囲気を醸し出している。こんな子を鎖で繋いで地下牢で折檻していたというのだから、人間というのは魔族なんかよりもよっぽど恐ろしい存在であるかのように感じてしまう。
「シエル様! こちらにお召し物がありますので」
「えー? 本当に服着るの? ちょ、ちょっと押さないでってばぁ!?」
ジニアはシエルの肩を押して近くの部屋の中に入っていった。
「下着なんて着なくていいでしょ?」
「駄目です。じっとしていてください」
「こんな動きにくい服じゃ戦えないよー」
「あ、暴れないでください!」
扉の向こうから二人の声が聞こえてくる。
シエルがどんな格好になったのか気になったので、部屋の中に入ろうと扉を開けようとするが、
「クライ様! 着替え中に入ってきては駄目です!」
ジニアに怒られてしまった。
人間世界では着替えている人を見るのも駄目なのか。そういった規則は誰が決めているんだろうか、不思議だ。
数分後、ジニアから扉越しに声を掛けられた。
「クライ様! 中に入っていただいても大丈夫です」
取り敢えず、言われるがまま部屋の中に入ってみる。そこにいたシエルは、
「ほう……これは」
純白のドレスで着飾ったシエルが椅子に座っていた。
「う、動きにくいよぉ」
落ち着かない様子で足をモジモジさせていた。その度にフリフリな布が小刻みに揺れる。
正直、人間の美的センスなど持ち合わせていないのだが、こういう時に言うセリフと言えば、
「似合っている、ぞ?」
俺の言葉を聞いたシエルは、じっと俺の顔を見つめている。吸い込まれそうなその碧い瞳は俺に何かを伝えようとしている様に見えた。
数秒間の沈黙の後、シエルが口を開いた。
「クライは、こういうのが好き?」
「あ、ああ……」
シエルの質問の意味が分からず、曖昧な返事をする。
どんな服を着ていたって、何をしていったって、シエルはシエルだ。何かが変わる訳じゃない。だから正直言うと服装なんて何でもいいと思っているのだが、
「ふーん、そっか……じゃあ、たまに着てあげるね!」
「お、おう?」
いつも通りの笑みを浮かべるシエル。
少し機嫌が良いようだが、そんなに着替えた事が嬉しかったのだろうか。
最近、たまにシエルが考えている事がわからなくなる事がある。最近はどうにも気難しく、素直な時もあれば、良く分からない理由で反発するときもあるのだ。いったい俺はどう対応すればよいのか。
「良かったですね。シエル様……ゴホッゴホッ」
急にジニアが咳き込んだ。シエルは不思議そうにジニアの顔を覗き込む。
「どしたの?」
「いえ、なんでも、ケホッ、ございません」
「ん? 顔が赤くなっていないか?」
ジニアの顔を覗こうとするが、首を振って顔を伏せた。
「大丈夫……です……ケホッ。掃除に戻りますので」
「大丈夫じゃなさそうだが?」
この場から去ろうとするジニアの頭を無理やり掴み、顔を正面から見据えた。
頬は少し赤くなっており、頭も熱い。ああ、これなら俺も知っている。
昔はシエルも同じように体調を崩した事があった。
動いているのも辛いだろうに、それを無理して掃除をしようとするのはいただけない。食いたい時に食う、休みたい時には休む、というのは生きるためには当たり前の事だろうに。
「どれ。よっと」
「ひゃわっ!?」
ジニアの身体を持ち上げた。
この前も思ったがこの身体は軽すぎる。シエルの半分もないんじゃないだろうか。
「むっ!?」
いや、待ってくれ、どうしてシエルは俺の事を睨んでいるんだ。まさか、俺がジニアに意地悪をしていると思われているのだろうか。
「シエル、今日はジニアを寝かせておこう」
そう俺は声を掛けたのだが、
「あ! そうやって、最近は、いっつもいっつも!」
「お、おい、どうした!?」
先ほどから何を怒っているんだ、シエルの奴は。
「ジニアばっかりずるい!」
「ちょっと待て、いったい何を言っているんだ?」
ジニアを介抱するだけだというのに。
「……ふんっ! もう知らないっ!」
シエルは屋敷中に響きそうな大きな声で叫んだあと、走り去って行った。
ドレスを着ていて動きづらいのか、なんとも不思議な動きをしていた。
まあいい、今はそんな事よりも、先にやる事がある。
「よいしょっと」
俺はジニアを抱っこしたまま、大きなベッドがあった部屋へと運ぶ。
先ほどから少しずつジニアの体温が上がってきているような気がする。
体調が先ほどよりも悪化しているのだろう。どう見ても先ほどよりも顔が紅い。
優しくジニアをベッドに寝かせると、ブランケットを二枚重ねて掛けてやる。
「……ハァハァ……だい、じょうぶ、です……」
「全然大丈夫じゃなさそうなんだがな」
「ですが、シエル様、が……」
「はぁ……。えいっ」
ベッドから無理矢理に起き上がろうとするジニアの額を小突いた。
「あぅ」
力なんて全く入れていないのに、ジニアは再びベッドの上に転がった。
「今は寝てろ……後でまた来るから」
俺はそれだけを言い残して、ジニアを部屋で休ませる事にした。
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