第11話 会話の中で
翌日、俺はシエルからこの村の事や近隣の情勢について、ソファに座りながら聞いていた。
初めてソファなるものに座ってみたのだが、今まで生きてきて味わった事のない柔らかさだった。
人間はこういった物を作り出せるから侮れないものだ。
「そうか、魔王軍が壊滅した後でも、そんなに生活は変わっていないのか」
「はい、結局のところは通年通りといった感じです。『勇者』なんて凄い人が出てきたものだと思ったんですけれど、特に何も」
俺の向かいにメイド服を着たジニアが座っており、俺からの質問に受け答えしていた。ソファに座るのに違和感があるのか、先ほどから身体をモジモジと動かしている。こんなに柔らかくて気持ちいいのに。
「その他に変わった事はないか?」
「そう、ですね……確か、魔族狩りが最近では盛んになってきた、とも聞いています」
「ふむ……魔族狩りが盛んになっている、か」
去年の今頃、十数年の戦いの果てに魔王軍が壊滅した。
その戦いに終止符を打ったのが、『勇者』である。事前に俺が持っていた情報とあまり違いはなさそうだった。
「……さて、今後どうするか」
腕を組み、ソファへ体重を預けて呟いた。
今までは村を襲っても魔王軍の可能性があったため、人間側からの報復という報復はなかった。だが、魔王軍が滅びてからは、人間達はそんな報復を恐れる必要が無くなった。
それは俺の目的への障害にもなるが、ある意味メリットにもなりうる。結局のところ人間は全て殺す必要があるのだから、襲われる事になったとしても、それだけ多くの人間を殺せるというわけだ。
「えと、私が商人の方から聞いた情報ですが……魔族狩りを先陣を切って指揮しているのもその『勇者』という方らしいです。」
「ほう……あれだけの戦果を挙げたというのに、まだ戦うか」
魔王軍を壊滅させたのにも関わらず、休む事なく戦い続けるなんてな。
「ええ、私もそう思います。ですが、その報酬のほとんど近隣諸国の冒険者ギルドへとばら撒いたそうです。魔族を狩れば狩るほど報奨金が出るように、と」
「……はっ、そこまでの執着心を持っている人間か……俺達を皆殺しにしたいみたいじゃないか。まるで――」
その執着心は知っている。何とも馴染み深いその感情だ。
後の時から変わらないそれは、俺の中にも歪に存在している。
「――俺みたいだな」
俺の言葉を聞くやいなやジニアは目を伏せた。
その反応は正しい反応だ。俺は村中の人間を殺した魔族、決してジニアにとって都合の良いゴブリンなどではないのだ。
「クライ様は、私を殺したい、ですか?」
「殺したいかそうでないかは関係がない。俺は人間を殺す、そう決めたんだ。一人たりとも、人間は生かして残すつもりはない」
殺すという言葉を聞いたジニアは一瞬身体を強張らせる。
「……人間を皆殺しに、したいんですね」
「ああ……それが、俺の生きる意味だ」
「そう、ですか。私、殺されるのは嫌なんですけど、人間なんていなくなった方がいいのかもしれませんね……」
どこか遠い目で自分の想いを話すジニア。
あれだけ人間に虐げられたのだ、そういう考えを持つには十分すぎる理由だ。だがそれは、俺にとっては信用の証にもなりうる想いだ。
「あ、あの! つかぬ事をお伺いしますが! し、シエル様も殺すんですか!?」
身構えて話そうとするから何を言うかと思えば、なんだそんな事か。
「そうだ。元よりそういった話だ」
何を言われようが、これは決定事項だ。目的の達成までは時間がかかるかもしれないが、これが覆される事なんてない。
「…………」
「…………」
俺とジニアの間の空気が一気に重くなった。だが、この沈黙はすぐさま破られる。
バンッ! っと、部屋の扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、あれからずっと拗ねていたシエルだった。
仁王立ちするシエルは大きく深呼吸をし、
「今日の夜はあたしがご飯作るから! だから――」
シエルはいったん一呼吸置いて、
「――ジニア! 私に料理を教えなさい!」
と、大きな声で宣言した。それは人に教えを乞うような態度ではなく、あまりにもふてぶてしい。だが、名前を呼ばれたジニアは大慌てて立ち上がり、
「か、かしこまりました、シエル様! ふ、ふえぁ!?」
ジニアが変な声で返事をした瞬間、シエルはジニアを肩に担いで走り去って行った。
「…………」
まるで嵐が通り過ぎたような感覚に見舞われた。
確か、人間達の間ではこういう時になんて言うんだったか。ああ、そうそう、
「台風一過、とでも言うんだったかな……」
と、そんな俺の独り言はもちろん誰も聞いていなかった。
ちなみに、晩御飯は真っ黒な塊が出てきたのだが、俺は無機物を食う事はできない。詳細はシエルの名誉のためにも話さないでおこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます